2005年6月

2003-2005

境界線

最近の朝ごはん。
バナナと野菜ジュース。
こんな感じ。

沈黙は、金。

あの日を境に、 心は黙る。

衝撃のあと

最近の昼ごはん。
毎日同じメニュー。
自分で作る。お米と、
野菜と肉と卵とお茶。
を、いっぺんにとる。
おいしい。

静止する、なにか。
しっかり、止まる。
離陸前のあの感じ。

あの、感じ。

自分のなかの、
もっとも単純な部分にフォーカス。

繰り返しのなかに立ち上がる一点。

ヴェロニカの、 導き。

ヴェロニカの計画

 

夕ごはんは、いろいろ。
人が来たり。
ひとり、だったり。

バスタイムにロウソク。
瞑想して、天使に会う。
は、毎晩のこと。

ムーンストーンは優しい。

この前あそこであれを見たことは、
自分にとってはよっぽどのことで、
なにかどっかがどうにかなっちゃったらしい。

すてきなことだと思います。

こんなの、あまりにもドラマチックで。

ただひとつ、わかったことは。

もう誰も、私を、 壊せない。

私以外は、誰も。
外側からは誰も。

ワタシヲ コワスコトハ デキナイ。

ヴェロニカの計画を信じて。 先へ進みます!

ニックが来た夜

 

ニューヨークから来て
時差ボケのまま
超過密スケジュールをこなしているニック。
くたくたでホテルの部屋で眠っていたいだろうに
会いに来てくれた。
みどりは、ダウン。
個展の疲れか。
会いたかったけど、でもちょっとホッとした。
彼女に一番向き合いたい部分が私のなかでは
まだからっぽなので。
会ってもうまく話せなかったと思う。
次回はたぶんニューヨークで会うことになると思うから
その時までに心の引き出しをいっぱいにしておくことにしよう。
新たな目標ができて嬉しい。

これからの活動のことなどについて
師匠、ニック、私、みんなでいろいろ話す。
私は、自分がニューヨークで何をしたいかがはっきりしてるので
それをニックに説明したり。

ニックも今、人生の分岐点にいる様子。

仲間みんなでチカラを合わせて、荒波を乗り切りたい。

ヴェロニカ、至急自由の女神と連絡をとって
私をニューヨークへ行かせてください。(祈)

psychic

 

サイキックな能力というのは、
たぶん古代の人間は皆普通に使っていて、
瞬時に物事の本質を見抜くチカラであり、
現代でも動物などはそれを使って生きてると思います。
だから何も特別なことはなく、
そこに興味を持って、鍛えようと思うなら、
誰でもサイキックなチカラを使えるはずだと、私は考えます。

私が、魔法という言葉を使ったり、不思議な体験を伝えるのを見て
あまり不用意にそういうこと書くと叩かれるよ、と心配してくれた
仲間がいましたが、内心びっくりしました。
叩かれる…って。 なんでしょう?(笑)
私は人から叩かれるようなことは何もしてないので、
もしそんなことする人がいたら、その人が間違ってると思うから
私はちっとも気にしません。

常々思ってることがあります。
私がとても尊敬する人の言葉ですが、
例えばエッセイなど書く場合、保険をかけたようなものの言い方はするな、と。
離れる人や悪口を言いたい人のことなど考えるな、と。
ついてこれる人だけついてこさせる、表現者はそれでいいんだから、と。
本当に、心から。 その通りだと思います。

私は、書きたいことを書くし、撮りたいものを撮る。
食べたいものを食べて、好きな人に会って、嫌いな人には会わない。
欲しいものは手に入れて、壁に当たればぶち壊す。
泣きたきゃ泣いて、怒りたきゃ怒る。
好き勝手に自由に生きる。
そうしてこの一生を終えたい。

Q.
こんなこといって、うまくいくの?
A.
宇宙の法則というものがあるとして、それからそれなければ大丈夫。

それをこの人生で、実際に生きて証明してみせるのが私の仕事です。

サイキックなチカラは、そのためにも、たいへん重要だと感じます。

ただ私は、完成された然るべき人に教わっているわけではないので、
今自分のなかで中途半端にいろいろたくさんの扉が開いてしまって、
少し苦しい。
一緒に進んでる仲間や
大切なきっかけを与えてくれる宝のような友はいても…
今までは見えなかった黒い世界が見えてきて、こわい。
聞こえなかったものが聞こえ始め、見えなかったものが見え始め…
今、感じることは、この世界はたいてい黒いです。
そのなかで、光りや綺麗な色や、素晴らしい音に耳を傾ける作業は
とても集中力を必要とします。

人との付き合いにおいても変化が表れ始めました。
表面で笑っていても、内側に何か隠しているとすぐにわかります。
感じます。
昔からそのような感じはありましたが、最近特に強くなりました。

ああ。 だから魔女は孤独なんだな、と思います。
昔からひとりぽっちで、森のなかで、動物や植物しか話し相手がいない。

          ………ここまで書いて、ハッとしました。

これから私の先生は、風や、光りや、土や水。
動物や植物。 石たち。
人間から何か教わろうとばかり思っていたけど、それは、もう違う。
人が人に教えることには限界があると思います。
でも。
自然が先生なら、限り無く教わることがあるでしょう。

大いなるもの。 そこからの学びを、心に。
中途半端に開いてしまったたくさんの扉を、一度しっかり閉めましょう。
開けるのは、この意志で。 しっかりと。 開けたら閉めて。
鍵を、忘れないで。

ですね? ああ。 やっぱり!
見えるのは。 ヴェロニカの微笑み。

自分の選んだ道なので、進みます。 怯まずに。

起きてください。時間です。

 

少し前、ニューヨークから来た播磨みどりの作品を見て
しっかりしょんぼり落ち込んだ私。

その時、おもしろいなあ、と思った反応は。
みなさんからの心配メール。 (笑) ありがとね。

でも、私の考えは少し違うんです。
私にとって、しょんぼりすることは全然悪いことじゃないんです。
進み続けるために、ゼッタイ必要なことなんです。
だからしょんぼりがやってきたら「ちゃーんすっ!」と思います。
なんだってまた、こんな深いところまで…
と、自分の落ち込み具合いに驚くことはあっても。(笑)

今回の落ち込みは、時間的には短かったけど、
かなりのデカイ波でした。すっかりのまれて。
心の底は、すぅーっとしーんと静まりかえり。

おかげで、ものすごい意識改革が起ったわけです。
これじゃ、いかんと。 本気で思いました。

いいねぇ。 時々食らう、このビンタな感じ。 痛いよ。イタイ。

ば  ー  ん、 と。   目が覚める。

おいおい。 進んでるつもりが。 …寝てんじゃねーよ。(笑)

会話の、外側と内側

 

ミスしないでね。
とお願いしたら、
ゼッタイ間違えない、という約束はできない
というようなことを言われて、がっかりした。
その人は
誠意からの発言でそう言ってるらしかったけど。

口で安易に約束するのは簡単だけど、
実際、人間には誰にでもミスはあるから仕方ない。
ミスがみつかった時点で、対処していくしかない、
みたいな言い分だった。

「ゼッタイ間違わないなんてできない」
完璧なんて無理…ということだろうか?
でも私からすれば、その人こそ完璧を目指しているように見える。
どこからも突っ込みを入れられないように。
完璧に自分を守る。
誠意という言葉を使って、まるで人のこと考えてるふりして、
実は自分の逃げ場を作ってる気がする。

どこか、ねじれてるような感じがする。

自分は冷静だから、みたいなことも言ってたけど、
そうかな? 臆病なだけじゃ?

完璧になろうとすればするほど、完璧からは遠ざかる。

何事も、
熱狂がすぎると、理性に狂いが出て、
傲慢がすぎると、判断に誤りが出る。
単に忍耐強く努力家であっても、この状態のままでは
ダメだと思う。 うまく流れないと思う。

未来のことなんて、誰にもわからない。
だからそういう意味では、ゼッタイなんてないだろう。
ないと知ってて、なお、ゼッタイという言葉を使える勇気。
その瞬間、その場で、そう言い放ってしまえる勢いの強さ。
まだ見もしない先の話じゃなく、この瞬間、アナタはどう思うの?
ということを、私は見たかっただけなのです。

明日のトークショー

 

あれ? 気づけば明日。 不二子とのトークショー。
レイトショーが終わってからのスタート予定です。
このエッセイの読者の方もいらっしゃるのかしら?
会場でお会いできたら嬉しいです。
お時間ある方は、ぜひ遊びに来てくださいね。
どんなことになるやら… なんにも見えませんが。(笑)
流れ、一発勝負でいきます。(笑)
って、ま。そんな大袈裟なもんでもないか。 ぶはは。
会場にいらしてくれたみなさんと、
一緒に楽しい時間を共有できたらいいなと思っています。

映画のスチール写真を使ってポストカードを作りました。
ユーロスペースに置いてあります。
映画観てくださった方へプレゼントです。
明日は、トークショー終了後、そのポストカードに
不二子とサインしますから希望者は遠慮なく声かけてください。

そういえば先日、マネージャーに
「そのサインもーちょっとどーにかなんないの?」
と言われていた不二子。(笑)
確かに。個性ありすぎ。パンチ効きすぎ。の、爆笑サイン。
いやー。笑えるから私は好きだけどねー、あのサイン。
でも、今後変わっちゃうかもしれない不二子のサイン。
今もらっとくのはすごーい貴重なことかもしれないゾ。

追記  あれーっ!? 今、ユーロスペースのHP確認したら
    明日、瀬々監督も来るよ-。  …おお。 楽しみ。
    三人でしゃべります。(笑)

自分の姿

 

無事に終わりました、トークショー。
たくさんの方、いらしていただいてありがとう。
世間はゆうべ、サッカーで盛り上がっていたのに
劇場に足を運んでくださって、感謝です。

帰宅してから、師匠が撮ってくれたビデオを見た。
…笑ってる。
ロビーで人に会ってる時も。トークショーの最中も。
なんでこんなにいつも笑ってるんだろう? あたし。
そんなに生きてて楽しいか、おまえ、というほどに。
わらってる。
みんなから見ると、いつもこんなふうなんだろうか?

なんか違う人みたいだ、自分。

中身は、
なんていうか… もうちょっと神妙な感じで
生きてるんだけどな。

身体変化

瞑想を始めてからの精神的広がりは、驚くべきものが。
しかし身体的変化も、かなりはっきり表れ始めている。

背が伸びた。 2センチも。

健康診断で、
「そんなばかな、アナタ今までが間違いだったんでしょ」

…。  先生、強引だな。 そりゃあたしだって、この年で
そんなばかな、と思うけど。

伸びたんだよ。 2センチも。 ホントだってば。

それから。
刺激物がいらなくなってきた。
チョコレートや、アルコール。
たくさん入らなくなってきた。
少しの砂糖はいいと思うけど。
お酒はもう、いらないみたい。

野菜ときれいな水がおいしい。

でもバランスはたいせつ。  時々は、毒を吸収しよう。

身体にいいものだけでも、わるいものだけでもダメなんだ。

強くなれないんだよ。

東京国際ミネラルフェア

 

最終日前日に行きましたが、あまり混んでなくて
ゆっくり見ることができました。
先に行った人から
「すごーいたくさんあるから。落ち着いて見てね」
と言われてドキドキしたけど、全然平気だった。
エメラルドの原石とターコイズを手に入れてから、
私の「石欲しい熱」は、しっかりと止まった。
集まるべきものは、もう全部集まったんだろう。
今はどこで何を見ても欲しいものはない。

ずっと先の、5メートルくらい先のブースに
ちっさな輝きを発見。  なに?
と、すっ飛んで行ったらきれいな石。
えっと、なんだっけ? 名前忘れた。
それはほんの2センチくらいの大きさの球体の石で
ちらりん、と欲しいと思ったけど
お値段が10万くらいした。 ふふふ、と笑う。
そうそう、
もう欲しいとしたらこのレベルの石じゃないとねー
と、ひとり心のなかで笑う。
また自分が成長したら、
その時新たな石探しの旅が始まるだろう。
「いつか、またね」と、その綺麗な石を手放す。

そんなわけで私は余裕かまして、のんびりした心で
いろいろ楽しく見ていた。
一緒に行った吉田監督は
だいぶアタマおかしくなって(笑)
顔が真っ赤になったり、額に汗かいたりしながら
欲しい物がいくつもあって苦しそうにしてたけど。
その姿は可愛らしかった。

ところが。

がびーん。  私の余裕が、突然壊れる。
素敵なノート発見。 …..なんでノートよ?(笑)
ミネラルフェアなんだから。 やめてよ、ノート。
(そうそう、そういえば骨のブースもあった)

それは…  紫のグリモア。

牛革の型押しで、錬金術の絵が施されている。
月と太陽と星と大地と植物と…誰だろう?人物が。
高かったけど、即買い。 ああ。(笑)
今日はお財布開けないな、と余裕かましてたのに。
石のフェアに来て、ノート買うとは思わなかった。
でも。
ここに書いた願いごとは叶う、と言われてるのだ。
ものすごい宝物を手に入れた気がする。
こんな説明つき。
  ↓

☆グリモア☆
グリモアは、あなただけの聖なるノートです。
ケルトとアルケミー(錬金術)の模様が
型押しされた革製のブランクノートで、
ここに祈りの言葉や儀式をメモしていき、
自分だけのオリジナルの本を作ります。
夢や瞑想で体験したことを
記録することにも使います。
ただのノートと違うのは、
これがグリモアとして創られ、
グリモア(魔術書)として
存在することにあります。
Made in USA

プロフェッショナルということ

 

プロは、
100%ミスなしというところから
評価のスタートが決まる。
失敗するのは当たり前と思ってるような人は、
職種がなんであれ
プロフェッショナルではないと思う。

私は、プロじゃない人とは、話が合わない。
大切なものが全然違うので、
表面的な一時的な付き合いなら
うまくいくかもしれないけれど、
長い時間は一緒に居れない。
すぐに飽きてしまう。

人形作家の藤井路以と再会した。
前回、路以先生の個展で偶然お会いしてから、
何度か手紙のやりとりがあって、
とうとう先生のアトリエに招いてくださった。

プロフェッショナルとの会話は、気持ちいい。
言葉ひとつひとつが、学びの場だ。
もう、こんなふうにしか、私は人に会えない、
と思ったほど。
素敵な時間を過ごした。
先生が創作活動に入る時の話、
創ってる間の心の動き、
人形に対する想い。どれも宝のような言葉だった。
自分の細胞が、嬉しくて踊ってるのを感じた。
うきうきわくわくって、こういうことだろう。
今、この場所でこの人に会って話してるのは、
自分にとってものすごく正しいと実感できる。

それと。 発見。
この発見は私のなかに、ある革命をもたらした!

もの創りなら、
誰でも心の底に秘密の場所を持っているはず。
けして、他者とは共有できない、
孤独で静かな、あの場所を。
会話の途中、私達はお互いとても注意深く、
その場所に降りていった。

一目先生の人形を見た時から、
もしかしてこの作家は、
私と同じものを持っているんじゃないかしら、
と感じていたので
私は、長年の疑問を思いきって尋ねてみることに。

「先生。 先生は○○が好き?」

その瞬間、先生の魂はフリーズ。 そして、

「…あなた、もしかして…○○を知ってる?」と
ものすご~く小さな声で、
秘密を打ち明けるみたいな感じで、聞いてきた。

「私、それ持ってますよ」

にっこり笑って答えた、あの時から―
私達の光は、ひとつになった、と思う。
出逢った、と思った。

先生の喜びようはすごいもので(笑)
ぴょんぴょん部屋中を踊って跳ねて、
「今日から貴女は私の妹よ!
 私、イイ姉さんになるわ」
と言いながら、
翡翠で出来た指輪とバングルをくださった。
貴女を守るから毎日持っていなさい、
と言われた。 うれしい。
その後、ふたりで
アイスクリームに
薔薇のエッセンスをふりかけたデザートを食べた。
初めての訪問なのに、
図々しく夕食までごちそうになった。
先生と一緒にキッチンに立って、
あれこれ動くのも楽しかった。

先生に会って思ったこと、は。
結局のところプロな人って、
甘えてない、ってことだ。
それと、
藤井路以は、魔法使いだと思います、本物の。

追記
このあと、ハガキがきて
「先生と呼ぶのはやめて」と書いてあった。
なるほど。
確かに私は彼女の弟子でも生徒でもない。
そう呼ぶのはやめよう。
「名前で呼んで」と書いてあったので、
これからはそうしよう。
(それにしてもかなり私好みの素敵な絵ハガキ)

2005 6/7 新月の晩にきたメッセージ

 

『この世が黒い世界なわけではありません。
 あなたが、ただそこを見ているだけです。
 雲の上ではいつも太陽が輝いてるように、
 美しい世界はいつでも存在しています。
 その世界を忘れないでください。
 あなたはいつでもその世界を見ることができます。
 黒い世界を、いま見ているように。
 どちらを選ぶかはあなたの自由です。

 人の心も同じです。
 どんな人のことも、その人のもっとも
 美しい場所を探して見てあげてください。
 あなたの中にある、一番美しい場所から、
 そこを見てください。

 腹がたった時。悲しい時。苦しい時。
 いつでもその場所を探すように努力してください。
 訓練してください。
 必ずうまくいきます。 できるようになります。
 そうすれば、この世はバラ色のまま、いつまでも
 色あせることはありません。』

その後で、
色とりどりの花々が咲きほこる美しい場所に導かれ、
それらが皆、黄金色に輝くのを見た。

これが、誰の心の中にもある「美しい場所」なのか。

しっかり記憶しておこう。

少し前のエッセイで、「この世界はたいてい黒い」
と書いたけど、あれは間違いだった。
私がそこばかり見ていただけだった。
明日からは、違う場所を見てみよう。
と思ったら
翌日、嫌いと思っていた人が現れた。

でも抱き締めてあげることができた。

これはテストだな、と思った。 そう。すぐわかった。
できたよ、神様。 あの人の中にもあるんだな?
あの花畑。 きれいな、あの世界。 そこを見たら自然と腕がのびた。
だけど、だからって、急に好きになることはできない。

そうか。 やり方がわかった。 はじめて。

受け入れたからって、自分の何が変わるわけじゃないんだ。
嫌いなままでも花畑を見て抱き締めてあげることはできるんだよ。

そして、同じその日にみつけた、    ……ヴェロニカ。

ヴェロニカの顔

 

見た瞬間。 すぐにわかった。 ヴェロニカの顔。
金で創られてる、それ。 指輪。 金の指輪。
指輪に顔がそのまま彫られてる。

購入して、外の光りで眺めたら表情が違う。
さっきと違って、笑ってる。

なるほど、と思った。

これは、鏡。 心を写す鏡。

きっとこの優しい微笑みも、私が怠けたりした日にゃ
まるで般若の面のようになっちゃったりするんだろうなあ。

その時々でいろんなふうに見える仕掛けがしてあるんだろう。

これでいつも写真の神様に見張られてる感じだ。  あーあ。
もうけしてサボれない。(笑)
神様は何でもお見通し。
とうとう顔を見せにやってきた。
私の覚悟が揺るがぬように。

(これを書いてる今、ちらっと指を見たら
 ヴェロニカは大口開けて大笑いしてるように見える。
 そのとーりよ!と言いながら)

しかし…
こんな小さなものに、こんな大いなる仕掛けを施した創造主は
たいへん素晴らしい人物だと思うけれど、
彼は、現代のアルケミストではないか?

そうだ。

この金の指輪は、もともと
鉛だったに違いない、とさえ思えてくる。
だって、あの店の奥の工房は、あやしい。
「心を込めて創ったんだからね」と言った時の、瞳の輝きも。

           ……………。

     魔法を使って。  創ったんだ。  !

Eileen’s

 

おととしのニューヨーク。
その時行った、ダウンタウンにある
エイリーンズというNYチーズケーキショップの
ネームカードが出てきた。

なつかしく見る。

いろいろ思い出したりして。

当時はちっとも気づかなかったけど
よーくよく見たら「made in love」と書いてある。

くぅー…☆☆☆ なるほどー あー、あれは
愛で出来てたのかよー!

あー。 どーりで。  だって、すごいおいしかった。
すごいおいしかったんだよ。

あー。 そーゆーわけだったかー。 あー。 ああ…。

ここ数日のあいだに感じたこと

 

もっとも大切なのは、サイキック能力の開発ではない。

そのパワーを手に入れることだけに目がくらむのは危険きわまりない。

単に見せびらかしたいためだけにチカラを使うことになりかねないからだ。

忘れてならないのは、サイキックなチカラの助けを
どうこの現実のなかに生かせるのか、ということだ。

あちら側とこちら側を結ぶこと。
あちらへ行ったきりでは意味がない。

現実から学ぼうとせず、
自分の日常を向上させていく意志がない者に宿るサイキックなど、たかが知れている。

人間として生まれたという事を忘れてはならない。
人間以外の何かになろうとするのは愚かなことだ。

この現実社会を生き抜くこと。 真の目的はそこにある。

うまくバランスさせることができるのならば、
サイキックパワーは炸裂しながらこの身を助けるだろう。

                 そしてこの世は、冒険の海になる。

愛というチカラ

 

どんな心も 必ず 射抜く 一点が

     あるはず

 その道を    通ってみせる

   もう 迷うものか

天使の声

実は、この前の新月の晩から、突如
天使と自由に会話できるようになった。

以前から、ある意味人とはちょっと違ってるなあ、と
うすうす自分のことをそのように思ってはいたものの、
いよいよアタマが本当におかしくなったかとビビった私は、
「これは、たとえば病院に入れられる、とか
 薬を飲まされる、とか
 そういうことが起ってるんですかね?」
と、ある人に尋ねてみた。
そしたら
「天使のおかげで日常がよくなって毎日が楽しくなっているのなら、
 病院に行ったところで、薬も出ないし、入院もないと思う。
 病気という定義は、本人の苦しみからやってくると思うから」
というような解答がやってきて、とても勇気づけられた。

確かに。  その通りだと思う。

天使の声が聞こえる時、怖がらないで、そのまま心を開いていくと
自分の日常と連動し始める。 いろんな事が、いろんなレベルで。
絵空事ではなく、実生活に関する具体的な指示を得ることができる。
それは、いつも的確で、しかも
自分では考えもつかないような事だったりするからとても感動する。

瞑想するまでは、ちっとも気づかなかった。
自分の勘が鋭いだけなんだと思い込んでた。
でも。
天使は、ずっといたと思う。 そばに。
たぶん、生まれた時から。

最近いろいろ思い出してる。 人生の、あの時やこの時。
写真を始めた時も。夏野苺という名前がふってきた時も。
ニューヨークへ行った時も。
もっとずっと小さな子供のころの、あれやこれやも。
どれもこれも。
心のなかに響いていたあの声は、天使が私に話しかけていた声だったんだ。
そして、気づかずも私は、その声をただの一度も無視したことはなかった。

それが、よかった。  ほんとうに、よかった。  そのことだけは。

彼のいた場所

 

ずーっと昔。
テレビの天気予報の
バックミュージックで流れてる曲を
どうしても知りたくて。 欲しくて。
テレビ局に問い合わせたんだったっけな?
あの時どうしたんだか忘れちゃったけど、
とにかくCDを手に入れるまでこぎつけて、
すごく満足でうれしかった。

はじめて彼のピアノコンサートに行ってきた。
天気予報で最初に聴いた曲を弾いてくれた時。
あの時の自分と、今の自分が
一本の糸で繋がってるのが見えて、

おもしろかった。

実はもうあの時に
こうして今夜聴けることが
自分の深いところではわかっていたような。
うまくいえないけど、そんな不思議な気分。

  世界は  つながってる

森のイメージがきた曲のタイトルが
「wood」で
雨のイメージがきた曲のタイトルが
「rain」だったことを
プログラムを見て後から知った時。
驚きとともに感動。

送受信がうまくいった証拠だ。 よかった。

一曲弾き終わるごとに「アリガトゴザイマス」と
たどたどしい日本語で。 彼、観客に向かって。

なぜ、お礼を言うのか。

その理由がちゃんとわかる自分で、よかった。

演奏が終わったあと、彼のいた場所を撮った。

勇敢な戦士たち

 

少し前にこのエッセイで
「100%ミスなしがプロ」と書いたけど、
それは「はい、これが私の完成です」と
相手の手に渡す時の話だ。

舞台裏なら、失敗なんて、
プロだってたくさんあるだろう。
いや、ないと成長できないともいえる。
失敗が教えてくれることはたくさんある。
この場合、失敗は必ず次の「成功のもと」
でなければならない。

失敗したことにフォーカスしすぎて
次に進むのが怖くなって、
失敗が失敗を呼ぶようなことに
なってしまうような人は、まあ…
プロ向きではないと思う。 性格的に。

プロって、なんだかみんな強い、とても。

書き忘れていたけど、
去年「HENRY CUIR」を初めて知って、その時
欲しいものがみっつあって、でも高くて迷って
だけど結局それは全部手に入れることができて
(お守り ブックカバー 手帳)
ショップのスタッフの方からもいつもお手紙を
いただくようになって、とても仲良しになって…
で。
この4月に、デザイナーのアンリ氏が奥様と
来日された時、青山の本店で直接ご本人と
お話することができたのだ。

すごい素敵な方だった。

彼はフランス語を話すんだけど、私はできない。
奥様が日本人なので、通訳をお願いしながら
会話したけれど、本気でフランス語勉強したいと
思った。そしたらアンリ氏と自由に会話できる。

一緒に行こうと誘った恩田ちゃんは
少しフランス語できるみたいで、ちょっと
アンリ氏と話してたけどい~なあと羨ましかった。
(でもこの時、
 私は自分の写真で簡単なアートブックを作って
 彼にプレゼントした。アートは世界共通語)

欲しいバッグがあって今それを注文しようかどうか
迷ってるところ。 でも、買うなあ。たぶん。
革製品だし、大切に使えば一生ものだ。
今頼むと、半年かけて作って、私の手元にくるのは
今年の年末頃になるそう。
あれはおばあちゃんになってからも似合いそうだ。
それにアンリ氏の魂が入ってるもの。

ね。
もし、このバッグがさ。
半年後に私のところにやってきた時、
ちょっと失敗してたら、どう思う?
ね?
プロは100%ミスなしって、そういうこと。
そういうことがいいたかったんだよ。

写真も厳しいねぇ…  ほんのワンシャッターで
完結しちゃうから。 あ。 もーいっかいやり直し
みたいなことできない。押したらそれはおしまい。
まーねー。 だから1本のフィルムで最高36回の
チャンスを与えてもらってるんだけどさ。(笑)

生でステージに上がらなきゃならない仕事は
更に厳しく大変なことだと思う。
だからこそ、俳優や音楽家の輝きは素晴らしい。
でも、画家や作家など、失敗という線引きが
なかなかできにくい職業にも、その苦労は
私の想像を遥かに超えたところにありそうだ。

会社員であれ、店員さんであれ、精神がプロな人は
皆同じだと思う。
自分の中の厳しさと向き合ってる。

深いところで、戦い続け、進み続けてる。

(写真は、奥様、アンリ氏、師匠、恩田ちゃん。
 それと、アンリ氏が恋人時代に奥様に贈った
 革作品で表現したラブレター。写真2画面左下)

100万人のキャンドルナイト

 

青山の、ル・アンジェ教会で開かれた
イベントに行ってきました。
同じ事務所の宮川浩さんが歌うということで。

床にまでキャンドルがいっぱいの教会に
一歩踏み入れた瞬間。
心のどこかが、スッとどうにかなる感じ。

あれは、いったいなんだろう?

この教会、祭壇の十字架がクリスタルでできていた。
なぜか惹かれる教会美術。
マンハッタンでも教会へはよく行った。
祭壇の十字架はほとんどが木製だった。
メトロポリタンの教会美術エリアも大好きだった。
古い修道院がそのまま美術館になってる
クロイスターズも、とてもとても素敵だった。

神社やお寺も好きだ。

でも、宗教には興味ない。
特定の団体に所属することは一生ないだろう。

だけど信仰心はある。 強い方だと思う。
写真の神様を信じてる。

瞑想する時の心の感じと、シャッターをきる時の感じは
同じようだな、と思う。

おきて

自然て、こわい
というようなことを一昨年の春、
このエッセイに書いていた、私。

今は…

    やっぱりこわい。(苦笑)

でも、前よりずっと好きになったし、
大自然のなかでの心地よさも覚えた。
これから先は自分の人生の師と思い
もっともっと慣れ親しんでいきたい。

小学館の、ある編集者から
「おすすめだよ」と、一冊の本をいただいた。
最近一番面白くて、いい本だと思った、
と言っていた。
カエルの本だ。
開いてびっくり。厳しい自然のおきてがいっぱい。
そういう学習的なところをさして「いい本」と
言ったわけではないと思うけど、私にとっても
いい本となった。

私は
肉を食べるくせに、屠殺のことを考えると
胸が苦しくなったりする。
偽善の心を持ってるからだと気づいて
それを認めたら、今はもう楽になった。
苦しくなる原因がわかったから。 でも、
楽になったのはそのことに対してだけだから
今でも野生をまっすぐに見据えることはできない。

ここに私の中の「弱さ」のポイントがあるとみた。

よし。 鍛えよう。 偽善はやめよう。 と思い、
「ココ」というページを切り抜いて
目につくところに置いて毎日眺めて
只今、心を強くすることに挑戦中。
私はこれを見て、
自然界のおきてを思う。
食物連鎖の輪を、思う。
他の命をいただいて己を生かすということを。
思う。

(写真4は死んで白く変色したカエルを食べる
 おたまじゃくし。 見た瞬間、なんだこれ!
 こえー(愕)と思ったけど
 今は普通と思うことにした。
 
 『普段は藻類等を食べてるが、死体が流れつくと
  一心不乱に食らいつく。
  親であろうとついさっきまで一緒に泳いでいた
  兄弟であろうと。それはただ目の前の食べ物を
  食べてるのであって「無常」などと感傷に浸る
  すきはない。』
 
 と、本に書いてある)

2005.6.22 満月

 

   またまた人生、楽しく急カーブです。

多方向から望んでいることがびゅんびゅんやってきます。

大切に思う仲間との絆が、ますます強化されてゆきます。

やるべきことがどんどん準備されていくことのしあわせ。

藤井路以の創った猫が、ムーンストーンを持ってるよ!
       今宵の私のデスク。

       さて、満月の今夜。
雲に覆われた空。 だからこそ!  ちらっと見えた時がチャンス!
風がね、雲を流すから。 動きを読んでね、 ねらって、ねらって、

    その瞬間を、  掴むんだよ!

    月の光りを、  掴むんだよ!

『  月明かりが恋しければ、その雲をどけなさい。
   その雲をどかすために、風に働きかけなさい。
    いつでも一番近くに助けを求めなさい。

     正しい祈りは、最短距離を走る。

     月を見るために風に祈りなさい。
     すべてのものと、調和しなさい。

    そうすれば叶います、あなたの願いは。  』

小泉今日子

 

…………………….。   ! キマシタ。

ついに、この時が。

実現までに長い月日がかかりましたが
とうとう夢をこの手にする日がやってきました。

小泉今日子さんの撮影依頼が!
あ~ん。たきざわちゃーん☆
アリガトーゴザイマス!!!

しかも今回は小泉大特集!
実は、師匠とふたり、2カメ体制でいきます!
師匠キネ旬デビューです。

ひとりの被写体をリアルタイムで同時に撮るのは
不二子の作品以来、もう何年もやっていないので、
とてもわくわく楽しみです。
きっと、まったく違うパターンの
ふた通りの小泉今日子誕生になると思います。

師匠はカラー。 私はモノクロで挑みます。
仕事でモノクロ依頼はひさしぶりなので、
緊張するけどすごく嬉しい。

ああ。ヴェロニカ。
幸せな試練をお与えくださり、
ありがとうございます。
またまた多くのことが学べそうです。

撮影は2日間の予定。
都内某スタジオで、
   と
都内某レストラン。

レストランを事前に見せていただくことに。

…………..。  えー?☆ えー?☆ えー?

いや~ん。 すてき~。
ここで小泉さんと食事ができるなんて!(嬉)
…あ。 いや、違う、撮るんだった。 ぶははは。

でも、優しい女神のような、たきざわちゃんは
「苺さんの分もありますよ~」と言ってくれた。
そうです。 撮影終了後ランチの予定なのです!

うーむ。この部屋で、どんな小泉さんを撮ろうか。
   夢は広がる… わくわくワクワク…

※ 映画「空中庭園」
   監督・脚本 豊田利晃
   小泉今日子 鈴木杏 板尾創路 大楠道代

   今秋、渋谷ユーロスペース
   テアトル新宿にてロードショー予定

木の下で

 

しばらく木のそばに行ってました。
なんとなく、そんな心だったので。

ボイルした野菜やチーズと
デザートにフルーツ持って。
それから、シャンパンの小瓶も。(笑)
シャーマンストーンとローズクォーツも。

土の上に座って。
草の匂いを嗅いで。
風の流れを感じて。

背中はぴったり木につけて。
時々見上げる葉っぱの間。
綺麗な木漏れ陽。

遠くに池が見えます。

鳥の歌も聞こえます。

天使の本を読みました。
おとぎの国みたいで可愛らしかった。

見ると胸に、てんとう虫。 です。

てんとう虫の声

 

翌日、今度は違う木をみつけました。

もっと大きな木です。

見ると、またまたてんとう虫。

しかも、赤ちゃんです。

ちっさーい、です。

でも生きてます。

私の手の上を、あちこち、ちょこちょこ歩いてます。

なんとなく
「?」
と思いながら歩いてるように感じたので、
木の枝を拾って、その先に乗ってもらい、
土の上に置いたら、安心してるみたいに感じました。

私はてんとう虫ではないので、
ホントのところはわかりませんが
そのように感じました。

のんびり。  いい感じです。 こういう時間。

ゆるやかな時間

 

木の下で瞑想をたくさんしたので、
今日は散歩の日にする。

通りがかりの野菜売り場に入ったら、
植木鉢の葉っぱにカマキリの赤ちゃんが。
ち、ち、ちっせーのに(笑)
ちょっと葉っぱを揺らしたら
カマを振り上げた!

いやーん。 こわいけどかわいー。
…つか、かっちょいー。

感動する。

こんなにちっちゃいのに大人だ。
もう一人前な感じ。

「驚かせてごめんなさい」
と、カマキリさんに謝り
何も買わずに店を出る。

それから
知らない初めてのカフェに入ってびっくり。
壁に魔女をモチーフにしたアート作品が。
すぐそばの席に座って、じっとながめる。
店内を流れる音楽もすてき。
ハイティーセットを頼んだ。
お茶は、ラズベリーにした。
ラズベリーは、
私の仲間を助けると最近知ったので、
その味を確かめるために。
私も知っておけば、イザという時
助けてあげられるかもしれないと思うから。

私を助けるのは、野ばら。
野ばらの実はローズヒップ。
メニューにはなかったけど、
売店コーナーにあったので、
自分のお土産に少し買った。

家で毎日飲むことにしよう。
桃色のローズヒップティー。

短い小さな旅はこれでおしまい。

最新の心境報告

 

近頃ますます気の合う人が少なくなってきた気がする。

でも気の合う人とはますますわかり合えてきてるので
これで、よし
と思う今日この頃。

私は、「そんなこと」でたいへん気を悪くしたりして
時々知り合いからびっくりされることがある。
相手にしてみれば「そんなこと」なのに
その不機嫌さの加速がものすごいので。

「そんなこと」じゃないんですよ。 それって。

表面だけとらえてると
「そんなこと」にしか見えないかもしれないけれど
私は「そんなこと」で怒ったり不機嫌になったりはしない。

それがわからない人とは、結局仲良くできない。 気が合わない。

私は、気が合わない人と長く一緒にいることができないので
その人の根本がわかってからの行動は、なんとも素早い。
どんな手を使ってでも、離れる。
その際、いろいろ説明したりなどは、しない。 ぜったい。
黙って離れる。
もっと以前は、伝える努力もしたけど、今はしない。
そこに自分のエネルギーを注ぐのは無駄だと感じるから。
人はそれぞれだ。
皆、自分の信念で自分の道を進んだらいいと思う。
私が個人的な考えを伝えることで、その人の信念に不安を与えては悪いな、
とも思うので大抵は心のなかで「サヨナラ」と言って別れる。
その別れがどうしても不服ならば、人ってそこで考えるだろう。自分で。
大人なら、なおさら。  その結果ある日、ハッと気づくことがあって、
自分のなかの何かがどうにかなって素敵に変身できるならいいじゃない。
それからもう一度出会いなおす、ってこともあると思うし。
もし気づかないのなら、もうその人はとことん私とは別の道を行けばいい。
それでいいんだと思う。

ずっと前に
「人間には口があるんだからちゃんと言ってくれなきゃわからない」
と私に言ってきた人がいたけど、あんたバカじゃないの?と思った。
「人間にはアタマがあるんだからまずちゃんとそのアタマで考えろよ」
と言ってやりたい。 なんでも人から教えてもらおうとする、甘さ。
関係を改善するために私の心を「知りたい」のではなく、
早くこの気まずさから脱したいために「教えて」と言ってるのが見え見えだ。
あとからよく考えると、その人のそのダラダラ甘いところが一番嫌いだった。
そういう人って、
簡単に教えてもらうから、簡単に忘れて、簡単に同じ過ちを繰り返す。
そして、簡単に謝る。
自分で答えを探そうとしないで人に聞いてばかりだとこうなってしまう。
こんな人を見ると
「世の中には取り返しのつかないことがある」
ということを学んだらいいのになあ、と思う。

一緒にいることを選ぶ自由と同じくらい
誰かと離れる自由も、皆に等しくあると思う。
その自由を謳歌しないで、文句や陰口を言いながら
我慢していつまでも嫌いな人のそばにいるような生き方を私は理解できない。
動く勇気を出せない自分の言い訳を他に転写して誤魔化してるように感じる。

そういう人は、たいてい素敵じゃない。
素敵じゃない人に会うと、
まずその人のどこが素敵じゃないと思うのか
を、じーっとよく見て、心に刻みつけて、
次に自分のなかに同じ場所があるかどうかを、よーく探す。

あった場合は、どーんとショックを受けて、それからきっぱり捨てる。
なかった場合は、よかったー(喜)と思い、そっとその場から離れる。

だからどんな人も状況も先生だ。
でも、イヤな場所に我慢して留まる必要はない。 と思ってる。
「もうこれでOK」と思ったら、ぴゅーっと走って逃げる。

こういうパターンの学びも必要だけど、できればやっぱり素敵な人や事から
いろいろ吸収したい。 まっすぐな心になって。

世界の不思議

 

さて、ずっと前に作った、アマゾン。

「熱帯雨林」という本の付録に
アマゾン制作キットがついてたので
とことこ自分で作ってみたのでした。
ペーパークラフトです。

時々じっとながめます。

行ったこともないアマゾン。
たぶんこれからも…
アマゾンはちょっと…

だって、この本に書いてあることはすごいです。
とてもそのなかに潜入するのは
不可能なことのように思われます…

みなさん。この世の中に
「猿を食べる鳥」がいることをご存知?
       どーん
あたしはおっどろいちゃったね~。 猿を…って。

鳥は、虫とか木の実とか、なんかそんなもんを
食べててほしーじゃないですか。
猿を食べるとは想像もできない。
それ読んだ時「なにーっ?」と声に出して
飛び上がっちゃいました。

そんな生き物がいるアマゾンへは…
やっぱり入っていけない。(怖)

だけど、私はこのことを知ったことによって
意識がものすごい拡大しました。
知ってしばらくは、毎日呪文のように
猿を食べる鳥 猿を食べる鳥 猿を食べる鳥
なにかにつけてこの言葉が
アタマのなかで繰り返し…。
もう大抵のことは驚きませんよ。
だってこの世に、
猿を食べちゃう鳥がいるわけですよ。
とり … ですよ? とり。 とりなのにさるを。
その驚異に比べたら、
あとは全部ちっちゃいもんです。
ぶははははー。(笑)

しかしこのあとすぐに、今度は
「WATARIDORI」という映画のなかに
鳥を食べる蟹を発見。
ちっちゃい蟹が、
翼を傷めて飛べなくなってる鳥に集団で群がって
むしゃむしゃしゃかしゃか
食べちゃうという映像を見ました。  どーん。

さらに拡大続く…私の意識。 どーん。 どーん。

   どどーん…。(拡大する音)

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