山小屋へ 5
その翌朝。
ちょっとだけ窓を大きく開けた。
風が部屋のなかを通る。
気持ちいい!
ドアのところにコオロギ(いえ、バッタ?)をみつける。
じっと見てから
おはようと挨拶して、
そのままシャワーを浴びた。
ご飯を食べて、人形制作。
今日は、外で乾かすことにした。
その後、山奥を散歩することに。
上り坂をゆっくり歩いた。
葉っぱが、かさかさっと揺れるたびに
ビクビクしたけど、楽しかった。
すごくいい匂い。 山の匂い。
私はこの匂いをお金を出して買っている。
サンダルウッドという精油の匂いだ…
午後は外で制作した。
たぶん私はこの時アブに刺されたと思う。
自分の横に虫除けスプレーを置いたままにしてあって、
ふと見たらノズルのところに虫が一匹止まっていて驚く。
おまえ死んじゃうよ?それ…
と思ったけど。
いや、もうこのスプレーの方を信用するのをやめよう。
こんなの嘘だ。
使うだけ無駄。
作業中にいろんな虫が飛んできたけれど、
強い心で「あっちへいって」とか「今作業中!」とか言うと、
だいたいいなくなる。
しつこい奴も、3回くらい言うとどこかへ行っちゃう。
ほっほぉ…. と思う私。
ちゃんと言えばいいんだ……
それは、なにかとても大切なことが開いた瞬間だった。
目の前がぱーっと明るくなったほど。
部屋に戻ったら、
ここはアマゾンじゃねーんだよ
というくらい巨大なアリがいた。
しばらくじーっと観察。
忙しそうに歩いてる。
とうもろこしを食べたあと、どうなるか、ちょっと床に置いてみた。
アリ、遠くから見てる。
それから近づいて、触覚を動かしながら点検し始めた。
で、
食べた。
私は目が釘づけ。 たぶん、1時間は見ていたと思う。
面白かった。
夕方が近づいてきて、少し緊張。
部屋に虫を入れないよう、うまくやらなきゃ。
蚊取り線香を焚いて、一度部屋中の窓を閉め切る。
閉める時、外に向かって大きな声で
「みなさん!これから夜にかけて
ここへは入ってこないようお願いいたしまぁーす」と言った。
気分は「え~、ご町内のみなさま~」みたいな感じで。
そして、外のベンチで早めの夕ごはん。
部屋に入って、 確かめる。
虫はいません。 よし。
明かりをつける。
夜、眠る時、壁のところに蛾を一匹発見。
一瞬ギョっとするが、じーっと見て…..
じーっと
じーっと
見て…
どうするか、ものすごい考えたんだけど。
そのまま明かりを消して、
寝た。
そのまた翌朝は。
窓全開。
外が全部緑って、なんて素敵なんだろう!
爽やかな心で、朝から外で制作。
その後、粘土が乾くまで
また山を散歩。
昨日より遠くへ。 さらに深くまで。
途中、とかげに会った。
木の棒でちょん、と触ったら、ぴゅーっと逃げていったので、
驚かせてごめんよ、と謝った。
素敵な声の鳥が歌っていたので、
私も「ほーっ! ほーっ!」と高い声を出してみたら、
山中に響いて、お風呂のなかにいるみたいで気持ちよかった。
早いもので、もう今日は山を下りる日。
ああ、ここからが本番て感じなのに….
思えば、本当にあそこで車が止まってくれてよいことばかりだった。
もし初日に昼間着いて、最初の夜ひとり小屋に残されても、
虫だらけになった部屋の中で
私はどうしてよいかわからなくて、もうショックで死んでいたかも。
かなり荒治療だったけど初めに“洗礼”を受けたのがよかったと思う。
虫をたくさん殺したことは悔やまれるけれど。
そのことは胸に十字架を刻んで生きてゆこう。
そう迎えに来た師匠に話したら「大袈裟な…」と笑っていたけれど。
普通そこまで考えないよ
とか
深すぎるよ
とか
変わってるねえ~
とか
言われたって。 いいの。 それがあたし。
私からしか見えない景色を、
写真や人形や、言葉や….
作品に溶かしていけたら、それでいいなと思うから。
次は紅葉の頃に行きたいと思います、
山小屋。
今度はどんな顔を見せてくれるでしょうか。
制作に関しては、最高の環境だと思います。
驚くほど作業がはかどります。
作家は皆自分を鎖国して、
人里離れ、孤独にこもる意味がよくわかりました。
必要なことなのです。
なぜだか東京の部屋にこもるのとは訳が違うのです。
人形を磨いている時、聴こえる音が、
小川の流れる音だったり、
風が木々を揺らす音だったり、
鳥の声だったり。
その音はまた、生まれいずる人形も聴いているはずなのです。
たいせつな、たいせつな何かが、
粘土の隙間から入ってゆくのがわかります。
そうして出来上がる人形は、どんな仕上がりになるのか、
少し怖い気さえしますが、楽しみでもあります。
山を下りてから、おじちゃんちに寄って、
鍵を返す時みんなに作品を観てもらいました。
ひとりこもっていったいなにをしとるんじゃ?
というところから
なるほど!これはわかる!
というところに皆の心が移ったことを感じました。
…よかったです。
たくさんの、応援、協力してくれる心とともに、
これからも頑張りたいと思います。
大いなるもの、山の神様、すべてのスピリット達に感謝を。
天の計画に敬意を。
これで山小屋の話を終わります。
追記)
東京のマンションに帰ってきたら、ありえないことに、
エントランスのドアに一匹の蛾が止まっていました。
こんなの初めて。
私は
「こんばんは」と挨拶して、
そのままドアを開けて中に入ったのでした。
決定的に何かが、
変わりました。 私のなかの…..
ふふふふ….
お し ま い
(…いや。蛾だと思ったけど。
羽をたたんでお行儀よく止まっていたので、あれは蝶だろうか?
…..とうとう蛾も蝶も、私の中では同じになってしまった。 笑)
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