「今日も、とても良い一日」
昔むか~しの、私がまだ子どもの頃のこと。
「お父さんは私を嫌いなんだ」と、
本気で思っていた時期がある。
なぜなら、
「〇〇しなさい」
「〇〇はダメだ」
「なぜ〇〇できないんだ」
こんなふうに何かを、
命令されたり禁止されたり痛いところを指摘されたり。
そんなことばかり続いていたから。
きっと私のことが嫌いでそうしているに違いない。。。
そんなことを、よくお母さんに愚痴って泣いてたっけ。
いま思い出すと笑えるけど、
なぜあのころそんなふうにしか思えなかったかな?と考えてみると、
ようするに「親の心子知らず」的なことだったんだろうと思う。
お父さんが私を嫌いなわけ、ないじゃない。
ずいぶん大人になってから、ある日しみじみ、そう気づいたのです。
どれもあれもこれも全て愛情から発信していたことだったんだなと。
そうしたら、
叱られたと思い込んでいたことも、
一生懸命、大事なことを教えようとしてくれていたんだ、とか。
いろいろなことが、ぜ~んぶ有難いことだったんだとわかって。
嫌な思い出はぜんぶ素晴らしい記憶に変わった。
一瞬で世界が変わった、あの時のこと。
今日は懐かしく思い出してました。
お盆の時期だったからかな?^^
(父が亡くなって20年経ちます)
私は、いつも思う。いつも感じる。
人との送受信(コミュニケーション)で、肝心なのは、
受信者側の心の態度だ。
どんなに素晴らしいものが発せられたとしても、
受け取る側に準備ができていなければ、
それは空を舞い、虚しく消えていく。
どこにも残らない。
私のように、
いつか発信者の真意がわかる時が来ればいいけれど。
一生、わからないままの人もいるだろう。
その違いは何かな?というと、
より良くなりたい、魂を成長させたい、変わりたい、
世界の「ほんとう」を知りたい、、、というような、
純粋な、向上心と好奇心を、持てるか、持てないか。
ただこの一点に尽きると思う。
誰かに何かを言われた時に、
一度まっすぐ受け止めることは、
心の器を広げ、強くすることにつながる。
言い訳もしない。
悲観もしない。
自己憐憫など、もってのほか。
それは行く手を阻む壁のようなものだから。
たとえば、
大事な言葉を真摯に飛ばした人に対して、
「悲しくなりました」と返すのは本当に卑怯なやり方だと思う。
間違った形で自分を守ろうとすればそこで真実の光は失われる。
さて、そんな人は真っ暗闇の中で、
何を見つけることができるだろう?
天使が困難な課題を投げてくる時は、
私たちを怖がらせたり困らせたり、
悲しませたりしたいからじゃない。
私たちに気づいてほしいから。
時に、人生を、真っ暗にする。
けれどもし、常に心全開で、
「どんな時もだいじょうぶ」と信じられるなら、
たとえ苦しい道を歩く時も、気分明るくいられるだろう。
そう、苦しい時も明るく。
世界が暗くなることはけしてない。
これは私が天使に教わった最大に素晴らしいこと。
信じるって、
愛の世界の中を生きるって、
最高で最強。 怖いものなし!
人にはそれぞれステージがあって。
知るタイミングがあって。
だから私は誰かを「わからせよう」なんて思わない。
準備ができていない人のことは、すぐにわかるから。
チョンとつついて、
「あ。これはまだだな」と感じたら、黙ってすぐに離れる。
心開かず意固地になっている人には、何も伝わらないから。
そこに関わることはやめて、楽しいことを探しに出かける。
人生は短い。 自分の時間を大切にしなきゃ。
人にわかってもらおうとか、わからせようとか。
私は本当に思わなくなった。
子どもの頃の私は、
お父さんにわかってほしくて、あんなふうに思ってたけど。
本当は、
私の方からお父さんをわかろうとするべきだったんだなと。
そうしたら、もっと、
あの頃を楽しく優しい気持ちで過ごせただろうと思うけど。
ふふふ♪ そんなものわかりの良い子どもなんているかな?
よかったよ、大人になった今、
こういうことがわかる自分に成長して。 これでいい。
自分が嫌われるリスクを抱えながらもしっかり教育してくれたお父さん、
泣いてばかりの、お門違いも甚だしい私の味方になってくれたお母さん、
いつもいつもずっとずーっと、ありがとう。
そして、天使にも感謝いたします。
私の人生は、今日も、とても良い日。^^
(おまけ写真)
ひゃー!北海道在住の魔法メンバーからメロンが届きました!
種を取り除いて、ヨーグルト、桃、ブルーベリーを乗せて、
シナモンちょいふりかけて食べたら美味しくて倒れました♪
ありがとうございますー☆
youtube「夏野苺channel」更新しました!観てne!
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