2008.10.29 新月

以前、グリモアの中に
「魔女というのは個人的な宗教です」と書かれているのを発見。
その瞬間「お。これならいいかも」と思った。
個人的な、という言葉の中に
自由気ままにやれる感じが漂っていたから。
私は、
宗教というものに対してアレルギー反応を持つ。
あの「絶対」という雰囲気がダメなんだと思う。
厳格なルールも苦手だし。
入信している人をどうのこうのいうつもりは全くないけれど、
自分は無理だという話。
なのに、
なぜか寺院や教会は大好きなのでした。
不思議。
そういえば先日、また小栗くんの撮影でした。
思えば彼もまた「個人的な宗教」人間のよう。
まさか魔法だとかスピリチュアルだとかそんな話はしませんが、
いつでも自分の思想を語っている。
自分の言葉で。
この前の小栗くんは、どこかこざっぱりした感じ。
アクチュールの連載でだいたい二ヶ月に一回くらい会いますが、
彼は毎回違う感じに見える。
その時々の役柄の影響ということもあるかもしれないけれど、
そういう部分の話じゃなくて。
あれだけぐいぐい変わっていくのは、ぐいぐい進んでいる証拠。
役者である前に、
一個の人間として、
小栗旬は進化し続けている。
ものすごいスピードで。
その速度は私が撮り始めた2003年から変わっていない。
ちょっと会わないと別人に見える人。
素敵すぎです。
1879--1.jpg
シューティング中、目線ありカットを撮るため、
「旬くん、視線お願い」と声をかけた。
ファインダーの中で目が合う。
“そうじゃない”感じが欲しかったので、
「今どこ見てる?」と聞いた。
「は? どこって、 レンズだけど?」
と不思議そうな小栗くん。
「レンズのどこ? そこじゃなくって…..」
もっと奥の方を、
と説明する前に「ああ」と答えた彼。
そうなるともう
言葉はいらない。
1879-2.jpg
見る角度を変えると心が変わる。
心が変わると、視線が変わる。
視線が変わると表情が変わる。
写真が変わる。
世界が変わる。

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