人の輝き

妹の葬儀の日がちょうど、永島浩之さんのラジオの生放送日だった。
二週間前、妹は番組宛にメールを送っていたのに。
あの時まさか二週間後が葬式だとは思わなかった。
時間がないことはわかっていたけれど。
自宅でラジオを聴いた。
彼が「決別」という歌を生で歌った瞬間は凄かった。
ほぉ~……
魂の光りが勢いよく世界へ向けてほとばしっていた。
天へ向かう妹の胸にまできっと届いただろう。
カヴンのメンバーは「絶唱でしたね」とコメントしていたけれど、
全く私もそう思った。
あれは、一個の魂の叫びだった。
人の輝きって、それぞれ違う。 同じ人間でも。 人によって違う。
たとえば、中山俊。 
通夜会場で人混みに紛れていてもすぐにみつけられる。
輝きが違うのだ。まったく。
たとえば、カヴンのメンバー。
彼女たちは一般の人とは違ってみえる。
たとえば、小栗旬。
放つ光りが違うのだ。
どこが違うだろう。
私は思う。
「生き方」が違うのだと。
生活レベルがどうだとか、職業が何だとか、そういうことじゃない。
世界の見つめ方が違うのだと思う。
誰でも「その場所」はみつけることができる。
まずは「探そう」と思うのなら。
妹が亡くなる前日、ひょっこりセドナの本心さんからメールが届いた。
私はすでに、
妹が旅立ちの準備を始めているサインのいくつかを受け取っていたけれど、
本心さんからのメールはそれを決定的なものにした。
彼はサポートをしにきてくれているのだと直感した。
最期は本心さんが私達姉妹をナビゲートしてくれたようなものだ。
妹の祭壇を見てハッとした。
花瓶の模様がゴールデンロータス(本心さんのショップの名前)だったので。
そうだよな~こういうときは蓮なんだよな~やっぱり、と思いつつ。
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私はさらに高みを目指したい。
この一生をかけてどこまで上れるか。
なるべく高い場所に立って、広く世界を見渡したい。
そして、
同じだけ深く潜って、世界の真理をみつめてみたい。
ひとつのことを目撃したら、必ずその裏側も発見したい。
この世はすべて、対で構成されているのだという原則を忘れずに生きたい。
いつでも世界はまあるいものだということを忘れずにいたい。
悲しいことはきっとこれからもたくさんあるだろう。
でも私はひるまずに前進していきたい。
悲しみの嵐の中にいる時こそ逃げずに立ち向かえば、必ずまた晴れがやってくる。
今、妹が死んでどうしようもなく悲しい人は、
きっとたくさん心残りがある人なのだろう。
本当は、
妹の死が悲しいんじゃなくて、
悔いなく過ごせなかった自分の行為が悔しくて悲しいんだと思う。
それはとても苦しいことだろう。
そういう意味では、
関係者の中では私が一番悲しくないかもしれない。
だからずっと笑っていられるのかも。
あの看病の日々さえ、今はいい想い出だ。
私は、お通夜の時も、告別式の時も、
食べたいものがあまりなかったので、
水をたくさん飲んで、あとは自分で焼いたお菓子をずっとちまちま食べていた。
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全部終わったら、
急にうなぎが食べたくなったので、日本橋の鰻屋さんで師匠と食べた。
すごーい美味しかった。
食事らしい食事ってひさしぶりーと嬉しかった。
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今日は初七日なので、妹の家に行ってきた。
またバレー部がいたらどうしようかと思ったけれど(笑)誰もいなかった。
(しかし私はあのことを思い出すたび笑いがこみあげる。
 悲しんでいる人に申し訳ないけれど、あれはやっぱりドリフのコントみたいだった。
 すっかり死んでいる妹を真ん中に円陣を組んで
 エイエイオー!みたいなことまでやっていた。
 なんか、ドラマの観すぎなんじゃないかしら。
 ありえない….. 監督、かんべんしてください、と思う)
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妹は奇麗に部屋を飾る天才だった。
アメリカンカントリー調が大好きで、
自分でいろいろ手作りしては、部屋中を上手にディスプレイしていた。
ホウキをいくつか、形見としてもらってきた。
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ドアのところのメモが、ちょっときゅんとくるな。
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彼女はもういない。
触ったり、話したり、声を聴いたり、できない。
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だけど、そうかな。 本当にそうかな?
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心の角度を変えれば、
世界の裏側を見ることができれば、
精神を強く保つ訓練を重ねていけば、
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まだまだ通じ合えるんじゃ?
お通夜の席に、顔をくしゃくしゃにして、いったいどうしたかと
こちらが驚くくらい憔悴しきっておんおん泣きながら現れた女性がいた。
妹がバスガイドをしていた時代の同僚で、何も知らされてなかったから、
とてもびっくりしたと言っていた。
私は横に座り少し彼女と話をした。
妹は幸せだったこと。
私は悲しくないこと。
まわりがずっと悲しんだらたぶん妹は不安になって
うまく天国への階段を上れないかもしれないこと。
どんな辛い出来事の中にも光りを見出すことはできるということ。
翌日、告別式に現れた彼女は、まるで別人のように素敵な笑顔で現れた。
そう、彼女は、あの「輝き」を持って現れた。
きっと「生き方」が変わったのだ。 だから光り始めたのだ。
私は人々に光りを伝え歩いていきたい。
誰もが胸の奥に持っている輝きをもっと思い出してもらうよう。
悲しんで泣いている人がいたら、笑顔を思い出してもらうよう。
自分の笑顔を通して伝え続けていきたい。
りっくん、れったん、ママがいなくなって、悲しいね。
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たくさん泣きなさい。
だけど、
苦しむ必要はないんだよ。
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私がそばにいくと子供たちは笑う。
ご飯をたくさん食べる。
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それはきっと、
私を助けてくれている天使たちが、あの子たちに見えるから。感じるから。
安心するのだろうと思う。
大いなるものと繋がっている者は、世界を信じているので、恐れない。
もし恐れても、すぐに愛に通じる抜け道を探し出せるから。
どんな時も大丈夫。
ママがいなくなっても、その笑顔があるなら。
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だいじょうぶ。
辛くなったら思い出すんだよ。 その場所に、 心の中のその場所に帰るんだよ。
そこがね、
繋がってる場所なんだ。
すべてと。
ママともね。
繋がってる場所だからね。
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