写真家 夏野苺のブログエッセイ

天使と魔法と写真の日々

毎日のガイダンスをつぶやいてます☆

「SOSを発信できる人 できない人」

私は打たれ弱いのでした。
すぐがっくりくるし、しょんぼりするし、情けないのでした。
でもそのことを何とかしようとか、これじゃいかんとか、
たぶんあまり思ったことがありません。
なぜでしょう?
理由はわからないんだけど。(というか考えたこともない)

どうやら、自分のダメなところをあまりダメと思わないようです。
(アホかもしれません。本気で)

こんな私は自分の限界を知っているので、
超えた時にもすぐにわかります。
そうなるともうそれ以上は頑張れません。
まったく無理です。
無理にやろうとしても仮死状態になるので、
自分の意思では動けません。
なので、
「やめちゃう」のは割と簡単です。
責任とかもあまり考えません。

それでもどうしてもやらなければならない時は、
できる人にSOSを発信します。
一番身近なところでは、おのせちゃん。
おのせちゃんは、この世で私と出会ってしまって、
かわいそうだなあ、気の毒だなあと感じることがたくさんあります。
なぜなら、四六時中、私からのSOSが届くからです。
おのせちゃんへのお給料を月に100万くらい払えるようになりたいです。
私の夢です。
それくらい助けてもらっているので、
このままでは絶対に死ねません。(まだ死ぬ予定ないけど)

でも、おのせちゃんが怒り出したりするのを見たことがありません。
たぶん、おのせちゃんは、
私のことを人間として不憫に思っているからかも。
本当に、できることが少ないので、わたくし。

だけどこれって、大変オメデタイ言い方をするならば、、、、
無知であることは偉大なこと、
可能性が無限にあるという証ではないかしら?
(ドーン★でかく出ちまったzo〜)

私は結構すぐにメソメソくよくよ泣いたりするのですが、
(泣く大人は少ないのでとっても驚かれます!)
泣けることは幸せなこと、
涙がやってきた時はその水の流れを止めてはいけないと思ってます。
涙は、体の中を流れる水です。
涙は、心の中を流れる水です。
水は、淀むと腐るのです。
だから大人だって子どものように泣いたっていいと思います。

すべてを自分ひとりの力だけでなんとかしようとすると、
小さな箱の中にあるものしか手にできないとは思いませんか?
(なんだかこんな私が書いても説得力に欠けるような?^^)

SOSを発信できる人は、
コントロールを捨て、委ねる勇気を持つことができる人。
(ぷはー。ダメちゃんな自分をかっこよくいいすぎ?)

自分だけですべてを頑張ろうとしたところで、
物事が思うように進まないならイライラしないこと。
どんなことにもそれに相応しい時期があると私は信じています。
物事が停滞している時には、
加速している時には見えないものが見えてくるという利点もあります。
人生のスピードはどんな道に居るかで決めていくのがいいですね。
直線距離なら加速して。 カーブ続きなら減速する。

私はしょっちゅう周りの人たちに助けてもらっていますが、
助けてもらうことで得るものは何だろう?と考えると、
助けられた経験を持つ者は、
助ける側にまわることができるようになる、ということでしょうか。
やってもらったことを今度はやってあげればいいんですよね。
(別にその人へ直接恩返しできなくても、別の人への恩送りでも)

人はこうして、助け、助けられ、
お互いの力を借りながら限界を突破できることを覚えると、
助け合うことで生まれる無限の世界を体験することができます。
私とおのせちゃんは、
そういう関係を築き上げてきたかな〜と感じています。

いつものパターンを打ち破る時、
弱さを強さに変えるチャンスが来る。

恥も外聞もなく、
泣きながらSOSを出せるからこそ見ることができる、
そんな景色もあるんです、人生には。

ダメちゃん人生バンザイ(≧∇≦)☆




★ダメ人間をじっと見守る者たち。。。。






★あらららら!それはやめてくださいっ (>_< ) 、