写真家 夏野苺のブログエッセイ

天使と魔法と写真の日々

毎日のガイダンスをつぶやいてます☆

「自信の生まれる場所」

自信が持てない人って、多いですよね。
私も時々あります、すっかり自信を失う瞬間。
いやだなー、あの心細く、しょんぼりな感覚。
どっしり地に足がついて自信満々な感じは気持ちいいですよね。
できればずっとそんなふうにいきたいのですが、、、

自信ってどこからやってくると思いますか?
あるいは、
どうやって生まれるものだと思いますか?

私は自分の実体験から、自信とは、
「誠実であること」から生まれるものじゃないかと感じています。

「遊びに行っていい?」と尋ねると、
「部屋が汚いからダメ」って答える人、いませんか?
それって、
自分の部屋に誰かを招く自信が無いから断るのかしら?
(単純に自分のお城に誰も呼びたくないだけの人もいると思うけど)
もし自分の部屋に自信が持てないとしたら、
それって部屋に対して誠実じゃないですよね?
部屋を綺麗に保てないのは、
雨風凌げて、毎日快適に自分を守ってくれている部屋に対して、
感謝の気持ちを持ってない、、、ということではないかしら?
いちばん大切な気持ちを忘れたまま、自信って持てるものでしょうか?

たとえば、食事。
忙しさに流されてなんとなく食事を済ませてしまうことってありませんか?
(または、食べ忘れてしまうとか)
何を食べるか、食べないか、真剣に決めていくことって、
自分の体に対して誠実であるってことじゃないかしら?
この世は、体あっての世界。
いくらお金があっても、
素敵な家族や友人に恵まれていても、
体がダウンしたら人生を楽しめない。
仕事だって、できない。
自分の体をないがしろにしたままで、自信って持てるものでしょうか?

そして、やりたくもないことを我慢しながら生きていくという選択。
これって、自分のハートに誠実であるとはいえないはず。
深い部分を誤魔化しながら無理に呼吸していても、
日々、苦しくなるばかり。
人生は、
やりたいことをすべてやるとしても時間が足りないくらいなのに、
やりたくもないことをやってる時間など、
いったい何処にあるというのでしょう!?
自分の心の声を無視しながら、自信って持てるものでしょうか?

もし、
自分の暮らす場所に感謝しながら誠実に向き合うなら、
片付けや掃除も毎日の暮らしの中で楽しい儀式となるでしょう。

もし、
体とよく相談しながら誠実に毎日の食事を決めていくなら、
献立を考えることは面倒なことではなく、
面白いパズルゲームのように感じられるでしょう。

もし、
自分のやりたいことだけ選んでいくという決意をするなら、
人生はその誠実さに応えながら、
どんどん素晴らしいものへと変化してゆくでしょう。

本物の、確かなる自信というものは、
こういうことのなかでしか生まれてこないと思うのです。

ひとつずつ出会っていくものに対して、
どれだけ真摯に向き合っていくのか。
誠実に向きあえば、
ハートから光のバリアが生まれます。
それは自分を守ってくれるもの。
光のバリアに包まれている限り、
「わたしはだいじょうぶなんだ」という感覚が持続します。

自信とはこういうものだろうと、
私は感じています。



私は朝からデザートを作って食べることが多いです。
ヨーグルト、ナッツの蜂蜜漬け、旬の果物など。
青汁と一緒にいただけば、
元気いっぱいで一日をスタートすることができます。
「自分の朝を大事にできた!」という思いから、
小さな自信がひとつ生まれます☆