写真家 夏野苺のブログエッセイ

天使と魔法と写真の日々

毎日のガイダンスをつぶやいてます☆

「お別れ完了」

おじさんのお通夜と告別式が、
無事に終わりました。

おじさんとのお別れは悲しいけれど、
ひとつだけ、嬉しいことがありました。

それは、、、、

和装の喪服初体験!!!


私は心の中で叫んだね。

おじさーんっ、ありがとー。

自分のは無いので苺ママのを借りたけど、
黒い着物かっこいーなー。
家紋が入ってる着物、初めて着ました。


お通夜にはそれで参列したけど、
告別式はいつもの私のスタイル。
喪服なんて着ない。
全然着たく無いから。(というか、持ってない)

礼服着なくちゃいけない決まりとかって、
誰かが陰謀的にそういうルールを作っただけでしょと思ってしまう。
きっと、黒い服を売りたかった人たちが作ったに違いない。

着物の着付けだってそう思うから、私は今まで習わなかったけれど。
SHITO HISAYOの着物に出会ったら、
初めて「こういうふうに着たい!」と心から思えたから、
これからはちゃんと色々覚えようと思うけどね、やっと。
従来の着付けは、全く魅力を感じない。
帯結びも、お太鼓だけだと老けるよね、どうしても。
大人だってリボン結びとかしたい!(私は、だらり文庫が好き★)
SHITO HISAYOの帯結びは限りなくアートなので、
(勝手に何でも自分の好きなように結べばいいという考え方が好きすぎる!)
あのノリで新時代の喪服も開発してほしい!

だってね、
死んで悲しいって、、、、そんなんじゃなくて。
悲しい時だからこそ、ときめく格好したり、
何か自分の気持ちを奮い立たせるようなことをした方がいいと思うの。
泣いてしんみり、じゃなくて。
泣きながらも笑って見送るような、そんなお別れが素敵だと思います。


というわけで、
和装の喪服は気に入ったけれど(着物好きという理由だけで)
洋服は黒いの着たくなかったので、
告別式は可愛いグレーのワンピースと、
靴はお気に入りの、ドクターマーチンの花柄ブーツ。

当然、こんな格好で参列している人はひとりもいないので、
私だけ浮いていましたが。

それでも私は心を込めておじさんとお別れできたんだから。

そのことが一番大切なことだから。

世間からすれば常識外れな変な格好だったかもしれないけれど、
私は自分のやり方で、胸を張ってさよならしてきました。


久しぶりに親戚のみんなと会えたことも良かった!
私は、いとこがすごく多いので、
これからは、いとこ会を結成して、
定期的にみんなと会いたいなと思いました。

ずーっと以前は、外れ者な私を見て、
お行儀のこととか、いろいろ言ってくる親戚もいたけれど、
今はもうそんなこともなく、ストレスフリーで会えるのが嬉しい。
私の仕事のことも、
応援してくれるような言葉をかけてもらえて、
そのこともすごく嬉しかったです。
きっとみんなもう私のことは正しく諦めてくれているんだろう。
(それは、認めてるということにも繋がってる、何か)

長くひとつのことを続けていると、
いつかはこんなふうにわかってもらえる時が来るから。
そのことを、本当に幸せに感じます。

身内に応援してもらえるって、すごく心強い。

今回、みんなからの応援の言葉を聴けたことは、
天国へ向かったおじさんからの贈り物かもしれない。

おじさん、ありがとう。


おじさんと最期に会った時、
自分の子どもたち(私のいとこたち)のことや、
孫たちのことを嬉しそうに話してた。
どんな仕事について、どんな暮らしをして、どんな趣味を持ってるか、とか。
ものすごく幸せそうに楽しそうに話してた。
おじさんにとっては、最高の自慢の家族なんだろう。
聞いてる私もウキウキしてきて、
「へ〜!」「すごいねそれ!」とか、相槌打ちながらとても楽しかった。
いま、おじさんの顔を思い浮かべる時、あのキラキラした感じしか思い出せない。

最後は、
「またね」と声をかけて、握手してお別れした。

もう一度会えるような気もしたし、
これでお別れという気もした。

結局、あれが最期になったけれど。

一緒にいい時間を持てたから何も悔いはありません。



やっぱり、なんといっても、
生きているうちに、
ですよ。

会って、話して、笑って、遊んで。

縁ある人とはそうしておいたら、
いつお別れが来ても苦しくはない。

悲しくても、
苦しくはない。

もし苦しいとしたらそれは、
その関係において、
生きているうちにやり残したことがある時だけ。

だから、
会いたい人には会って、
好きな人には好きと言う。

それが一番いいと思うのです。