写真家 夏野苺のブログエッセイ

天使と魔法と写真の日々

毎日のガイダンスをつぶやいてます☆

「弟子の準備が整えば師が現るというお話」

これって、昔から言われていることですよne?
だからきっと本当のことなんでしょう。

最近、ツイッターの苺録botから私のタイムラインに流れてくる言葉が
あまりにも面白すぎて、ひとり笑っています。
どんな言葉が流れてきてるのかというと、、、、

★方法って、その人のやり方ってもんがあるから、
これがいいよなんて気軽に伝えるべきじゃない。
人の人生に口出しするなんて、 余計なお世話になることがほとんどだろう。
うっかり触りすぎると、大変なことになる。

★なんていうか、うまくいえないけどセミナーは苦手。
生き方を誰かに教わるためにたくさんのお金が必要っていうのがどうも...
ぜんぜんわからない。意味が。それだったら、
日本料理の板前修行とか、陶芸家に弟子入りするとか、
そんな方が私にはわかりやすい話だ。

★旅に出たら? 人間に教わることって限界あると思うから。
何十万もするセミナーへ通うお金があるなら、
アリゾナとかケニアとか行って来たらいいと思う。
そこでワニに食べられそうになったり、泥棒に会ったり、風に吹かれたり、
雨に打たれたり、光を見たりしたらいい。そんなに人生学びたいんだったら。

こんな言葉たち。
こんなこと言ってたんだよ、昔の私。
いや〜、いーですねえ。自由な、のびのびとした発言で。(≧∇≦)
まあ、ずっとこういう考え方でやってきたので、
誰にも何も教わらなかったし、特に精神的な面を指導してくれる、
今でいうところのメンターには一人も巡り会えなかった。
この人はどうかな?と近づいても、全然違ったわ、と思い離れる、
そういうことを何度か繰り返していくうち、
「人生は人から教わることじゃないんだ」と思うようになりました。
それが、
「人間に教わることって限界あると思うから」
という言葉になってるんだと思う。
あと「教える」という言葉にどこか抵抗を感じてしまうのも。

セドナで本心さんに会ってから、
私の心の師匠は彼だと思ってるんだけど、
彼は私には何も教えない。ただ伝えるだけで。
このふたつって、両方誰かに何かを渡すことだと思うんだけど、
教えると伝えるってニュアンスが違うんだよね、私の中では、全然。
「本心さんのところで修業することはできますか?」と質問をしたら、
「ここに来なくても修業なら君が今いるその場所でできるよ」と答えたので、
その瞬間、この人はホンモノだ!と感じたの。
それからずーっとの長い付き合い。
日本とアメリカ。東京とセドナ。日本語のできない彼と英語のできない私。
でもちゃんと伝え合うことができてる不思議。
何もしてもらってないけど、全部面倒みてもらっているような気もする。
本心さんのような人にこの世で出会えたことは私の人生の宝物です。

私の考え方は基本的には今も変わらないし、これからも変わらないと思う。
でも、
変わったところもある。
それが、今日のタイトルに繋がるんだけど、
心の在り方とか生き方って、結局はものすごく孤独な世界の話だから、
誰かの話を聞いたりして、指導してもらったところで、
実際に自分で動いて人生を動かしていかないことには、何にもならないと思うの。
セミナーという形、例えば教室みたいな部屋にただ座って話を聴くだけとか、
そういう学校の授業みたいな形ばかりだと勉強した気にはなるかもしれないけれど、
その時間が過ぎちゃうと、
すぐ学んだ通りに行動しなければ、だんだん忘れちゃうんだよね。
そういうふうにできてるから、私たち、たぶん。
動かないとダメなんだよ。
植物は動かなくてもいいのかな?じっとしてるよね?
いや、成長という意味では動いてるか?
最初は種だもんね。芽が出て葉っぱが出て花が咲いて、実が成るものも。
。。。。。動いてるね!
水は私たちと同じ。動かないとすぐ腐る。
火もずっと動き続けてるね。メラメラと。
空気(風)も動き続けてる。
土は?どうだろう?じっとしているように見えるけど、
広い意味では、大地も動き続けてる存在というような気がする。
なんだ、みんな動いてるwa!

私は、ある意味、ここへきてやっと準備が出来たんだと思う。
そこで去年、ふたつのゼミに参加してみる気持ちになったのかも。
ひとつは出版ゼミ。
これは、参加中、参加直後は「私は場違いだったな〜」とも思ったんだけど、
終わってからしばらくして振り返ると、やっぱり参加してよかったと思いました。
それにあのゼミ生の中から著者としてスタートした人がどんどん生まれて、、、
(2016.8/31現在 7冊刊行!)

ついに10万部を突破する本が出ました!それは、
リュウ博士こと八木龍平さんの「成功している人は、なぜ神社へ行くのか?」。

出版の少し前に、リュウ博士のプロフィール写真を撮影して、
彼の本のウェブ広告には推薦分も書かせていただきました☆
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私はといえば、あのゼミで得たことは、、、、
企画書を作成する能力は私には無いんだとわかった、ということ。
たくちゃんにも、ゼミ終了後に、
「苺さんにちゃんとした企画書を出してもらおうなんて思いませんから大丈夫です」
と言われて、がくーっときましたが(笑)、
担当者がだいじょうぶって言ってるんだから、私はこれで大丈夫なんだろう!

こうやって動くと、自分にできることとできないことがわかってくるから、
次にどうするかを決めることができる。
なかなか動かない(動けない)人は、結果を見るのが怖いんだと思います。
でも結果と思ってるそれは、ぜんぶ途中経過ですよ?
結果は死んだ時に出るものです。
(いや、これだってわからない。死んでから作品が売れるゴッホのような人生もある)

もうひとつのゼミ。社会人キムゼミ。
これはもうほーんとうに!参加してよかった!
何度もこのエッセイにも書いてるけど、あの時に出会ったみんなは魂の仲間。
これまた一生の宝物。
出版ゼミは、もちろん、本を出したい人が集まるゼミ。
だから人生の目標がある程度はっきりしている人たちの集まりでした。
それに対してキムゼミの方は、まだ何かを探している最中の人たち、という印象。
だから、みんなに「何で苺さんここにいるの?」と言われて、
自分でも何でかな?と思ったけど、
たとえばやりたい仕事をしてても、もうそれで満足ってことはないと思うから。
あと、キムゼミの時期はちょうど人生の分岐点にいたから。
全く見えていない道を模索するというよりは、
ふたつのうちのひとつ、どっちの道を選ぶかということで悩んでいた頃で、
自分のこれまでをきちんと振り返りたくもなって、
自然な思いに駆り立てられるように参加したのでした。
それで出てみた感想としては「確認作業」だったな、と。
何か全く新しいことを知ったというよりは、
「なるほど!そうだったのか!」というような。
これまで自分が地道に続けてきた魂の修行について、
ぼんやりやってきたことを、きちんと理論立てて言葉で整理する作業。
キム先生の話を聞いて胸の中にすーっと涼しい風が吹いてくるような。
そんな感覚でした。
だからあの時は、「それなら自信を持ってこのまま真っ直ぐ行こう!」
と決意し直しただけで、何かを特別に変えようとは思いませんでした。
でも、この、
「決意を新たにできた事」というのがとても大切な事だったように感じます。

いろんな人がいて、いろんな進み方があると思うけど、
私は最初に誰かから教わるというやり方じゃなくてよかったと思います。
写真も、人生も、なんでも、まずは独学。興味のままに出たらめに自由に。
(思えば、着物も!)
それで動いていくうちに疑問が湧いてくるから。
その疑問が浮かんだ場所に、ちょうど都合よく師が立っているという、、、
そういう人生だなー。私の道って。
ことわざにあるんだから、
これはおそらく私だけに当てはまることじゃないと思うんだけど。
周りを見てると、なぜか最初に先生探しをしてしまう人が多いように見える。
準備できてないのに先に教わろうとしちゃう感じ。
(水着を着てないのに裸でプールに飛び込み、みんなびっくり☆みたいな!)

そんなふうに感じてたから、あのbot発言に繋がるんだろうなあ。
「方法って、その人のやり方ってもんがあるから、
これがいいよなんて気軽に伝えるべきじゃない。
人の人生に口出しするなんて、 余計なお世話になることがほとんどだろう。
うっかり触りすぎると、大変なことになる。」
っていうのは、まずは私自身がそうされたくなかったということ。

誰にも口出しして欲しくなかったし、
(↑準備ができたなかった、ということだね)
誰にも口出ししないよう気をつけてたから。
このエッセイにはずっと思うこと感じることを書き続けてきたけど、
それを勝手に読んでくれた人たちが、
勝手に良いと感じることは真似して、
勝手に違うと感じることは真似しないでとか、
そんなふうに思いながら書いてきたわけです。

それがここ最近、読者に対する感謝の心が芽生えてきました。
読んでくれてる人がいるって、ありがたいことだなって。
たとえ皆さん、自分の意思で「勝手に」読んでるとしても、
私には感謝の気持ちが溢れてきます。
これは、書き手の意識としての変化の表れだなと感じています。
(出版ゼミでの学びが生きてると思います!)
あと、大人になったんだなとも感じます。
単純に年を取ったということ。
年齢を重ねてから見えてくること、感じることって、ありますから。

というところで、

またまたキム先生と再会です。

きっとまた私に(次へ進むための)何か新しい準備ができたのです。
今度の出会いは、
精神論というよりは具体的な方法論について学ぶためのチャンスが来た!みたいな。

私には、自分の人生についてどうしてもわからないことがあったのですが、
それを諦めずに天使に問い続けた結果、キム先生とまた会えた、という感じです。
だから問いの答えは彼の中にあるだろうと思うのですが、
それを「教えて」はくれないだろうと思います。
伝えてはくれると思いますが。
そういう意味で、キム先生は本心さんと似たところがありますが、
決定的に違うのは、キム先生は日本語を話せる。。。。笑

今回のキム先生のアカデミーは、
これまで私が参加したふたつのゼミより少人数制です。
先生を中心に、全員がみんなの顔を見れるようにコの字型に座って、
先生が一方的にしゃべるのではなく、
ディスカッションを皆でしていく形なので、
眠くもならないし(笑)少人数ゼミって楽しいです。
集まった人たちの雰囲気は、
出版ゼミとキムゼミの両方を兼ね備えている人たち、、、という感じ。
この中から世界を動かしていく人がきっとまた生まれていくのでしょう。


私もどんなふうに変化していくでしょうか?

生きている限り「これでいい」なんて、ありません。
どんどん興味のある方へ移動し続けていきたい。
かみさまに「そろそろこっちへ戻ってらっしゃい」と言われる、
おしまいのその日までは進み続けたいのです。


私がキム先生から受け取ったバトンは、
私にできる形で、そのうち、
このエッセイ読者の皆さんにもお渡ししたいです。
もちろん「勝手に」希望される人だけにね。^^
ネット上だけで完結できる形もあるだろうし、
実際に会って直接できる形もあるだろうし。
とにかく、楽しく確実な方法を探してゆきます☆



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