写真家 夏野苺のブログ&エッセイ

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昨日嬉しいことがありました!
去年、ジョン・キム先生主催のキムゼミにゲストでいらした
元ソニーの会長を務めた出井さんからいただいた本の中に、
「おお!」と感動する言葉をみつけました。
ちょうど昨日のエッセイに、

どんな分野でもまずはじめに独学。実際にあれこれ動いてみて、
問題点や疑問点がはっきり認識できた時点で、しかるべき人について勉強する。
これが私の学びのスタイルです。
新しいことを学ぶなら、まっさらな状態で、
スタートからしっかり教わる方がいいという人が一般的には多いかもしれないけれど、
それだと基礎は学べるけど、その中には、結局使わないもの、いらないものもあって、
それを聞いてるのが苦痛なんだと思います、私は。
一旦すべてを入れて後からいらないものを捨てるという作業より、
最初から欲しいものだけ取っていく方法が一番ピタッとくるし、吸収も速い。

と書いたばかりですが、昨夜、出井さんの本の中に、
これと同じような考え方の箇所をみつけて、びっくり嬉しかったのでした★

今まで自分独自の方法だとばかり思い込んでたけど、
世界を股にかけて大成功した人と、人生の学びに対して、
自分が同じような姿勢を持ってたなんて!
夜中にハッとして、
眠くなりかけていたのにすっかり目が覚めてしまいましたー。
心の中に一筋の希望の光が射してくるような感覚。。。。。

出井さんは、
先に会社に入社して、実際に働いてみてから、
自分に足りないものは何かを見極め、
それから休職して、留学して、帰国して、会社に貢献したい、、、、
という考えを入社試験の時に面接官に話したそうです。
そんなことを言ってる学生は出井さん一人だけで、
当時、ソニーにそんな制度もなかったけれど、
会社はそれをOKしたので、出井さんは入社して、実際に社員として働き、
その中で自分に足りない部分を認識し、
それから必要なものを身につけるため、
当初の希望通り入社一年後に自費でヨーロッパへ留学したそうです。
そして二年後に帰国し、再び会社で働き始めたという、、、、

普通は、勉強するために留学して、
そこで身につけたスキルを使って働くために仕事を探す、
という順番を辿る人が多いけれど、
(実際に本の中で、出井さんもこの方法を「アカデミック」と表現しています)
出井さんは全く真逆の考え方だったわけです。
まさに、私と同じやり方だ!
そんな人、いたんだ!と、
大興奮しましたー。(しかもカッコマンの憧れの出井さん!)

『なぜ留学をしてから就職をしなかったのか。
親からの自立もあったが、それだけではない。ここにも僕の考えがあった。
どれだけの知識や学力を持ったらソニーで働くことができるのかを、僕は知りたかったのだ。
学生時代、誰にも負けないくらい猛勉強してきたわけではない。
いくらカンパニーエコノミストになろうといっても、
そう簡単に社会では通用するものではないと認識していた。
そこで、まずは会社に入って周囲を見渡し、
「他の人たちと比較して、今の自分に足りないものは何か」を
リサーチした上で留学しようと考えたのだ。

大学を卒業してそのまま留学したとしても、それが果たして何の役に立ち、
どこの会社のどの部門で通用するのかもわからない。
アカデミックな道に進むのではなく、ビジネスで必要な知識を得るための留学であれば、
まずは会社に身を置き、「市場」をリサーチすることが大事だと考えたのだ。』
★「変わり続ける」(出井伸之著 ダイヤモンド社)p47~p48より引用 原文のまま★

私は自分の経歴が全くアカデミックではないということを、
時折コンプレックスに感じることがあったのですが、
もぉー吹っ飛んだ★(≧∇≦)★
なんだか妙な自信が湧いてきました〜。
この本、この先はどんなことが書いてあるんだろう!
読み進めるのが楽しみで仕方なくなりました。
だいたい、本のタイトルが私の生き方そのもの!
「変わり続ける」ですから。(≧∇≦)

読み終わったら本をいただいたお礼に、出井さんにお礼のお手紙を送ろう。
それか、おやつを持ってまた会いに行こう!

(キム先生&私&出井さん、私の宝物スリーショット★)

私は時々、この世界で起こることについて、
とても不思議だな〜と感じることがあります。
たとえば、この本のこともそう。
つい先日、キム先生と話していた時に、
アカデミックなことについての話題になりました。
キム先生は、私の経歴コンプレックスに対して、
「経歴以前に実績があるって、すごいことなんだよ」
と仰っていましたが。。。
そんなタイミングで、こういう本を読むなんて。。。
(本をいただいたのは一ヶ月くらい前なのに、読み始めたのは昨日から!)

私はこういうところにも天使の働きを感じます。
ジャストタイミングで、
自分に対する特別なメッセージを受け取っているような気がするから。
私たちは、たいてい「偶然」という言葉で片付けるけど、
それにしてもこういうことがあると「うまくできてるな〜」と感動してしまうのです。
やっぱり高い空の上では私たちを見ている存在があって、
壮大な「筋書き」があるんじゃないかなーと思ってしまう。
(私は「神様のシナリオ」と呼んでいます)

うまくいくことは、うまくいってることに意味がある。
うまくいかないことは、うまくいってないことに意味がある。
ということは、
何がどうなってもすべてはうまくいっているというわけで。
必要なものは必要な時に、ちゃんと届けられるようになっている。

こう考えると、ぱあーッと心が軽くなりませんか?

いつでも私たちのために天使が働いてくれてると信じることができれば、
(神様でも、仏様でも、妖精でも、宇宙でも、呼び方はなんでもいいです)
人生をもっと気楽に歩いていけそうな。

まあ、気楽になれない時もあるけれど、(そうよ、私だって)
それでもこの考え方が心のベースラインにあるのとないのとでは、
全く違います。

何があっても自分は必ずここへ戻ってくるんだという、
心の故郷というか、センターエリアというか、
そういう部分を自分で持っていると、
苦しい状況の中でも自分を信じて頑張って進んでゆけます。
「そうそう、それでいいんだよ、大丈夫だよ」という励ましのサインは、
形を変えて、繰り返し日常の中に表れるから。

時に天使はとても厳しい。
モタモタしてると崖から背中を蹴り飛ばすくらいのことをします。
私は、実際にされたと思っているので、
(気楽なバカOLから厳しいプロカメラマンの世界へ突き落とされた!)
天使に対しては、
「いつでも優しくゆっくり」みたいなイメージばかりを持っているわけではありません。
本物の愛って、ただ甘いだけではないんだろうと思うから、
日々の暮らしで「アイタタタタ」みたいなことがあっても、
泣きながらでも「ありがとうございます」と感謝できるようになってきました。
(特に最近)


どんなに ″ひどいこと″ があったとしても
結局それを、後から宝に変える力が自分にはあるのだ
だからどんなことも天使からの贈り物だと思おう

この、絶対的な信頼を、
私は「信仰」と呼んでいます。

特定の宗教に属さなくても、
信仰心を持って真摯に生きることはできる。

天使の仕事は素晴らしいと、思っているから。

天使はどこにいるのでしょう?

どこにもでもいるような気がします。

たとえ見えなくても。

むか〜しむかしの記憶をたどってみると、
その時にはそうと気づかなかったけれど、
今となっては、
あれもか?たぶんそれもだ!ひょっとしてこれも!?
と、どんどん思い当たることがたくさん。
ずっと天使は私と一緒にいてくれたとわかります。

こうしてある日わかることになるのか、
または一生わからずに終わるのか、
それだけの差だと思います。
ようするに、どんな人とも一緒に歩いているんです、天使は。
だから、
逆にいえば、わからなくても全然だいじょうぶ、ということ。
わかってもわからなくても同じなら。

ただ、
今このエッセイを読んでいる人や、普段から天使が気になる人は、
天使と深い縁で結ばれている可能性があります。
自分で天使の声を聴きながら、
それを周りの人にも伝えるお役目があるのかもしれません。

私は、ドリーン博士の本を読みながら、
気になる箇所はひたすら実践のみという形でこれまで天使とお付き合いしてきました。
3年ほど前に、オンラインで日本語講座が開設されたのをきっかけに、
ドリーン博士主催のエンジェルカードリーダーの初心者クラスから受講し、
エンジェルタロットコースに進み、最終的にアドバンス資格まで取得しました。
そこではっきりと、
天使たちは、カードやいろいろな道具に宿りながらメッセージを伝えるという方法で、
私たちにガイダンスを与えてくることがあるのだということを、今一度自覚しました。
このことから、
天使と対話するための道具を持つことは、
(オラクルカード、ペンジュラム、アミュレットなど)
日々、自分を守ってくれる天使に聖なる住処を提供しているのだという考えが生まれました。
道具を使いながら、常に「尋ねる」という姿勢を習慣づけることで、
日常の中にある「答え」をみつけやすくなります。(天使のガイダンスを受け取るということ)

どんな分野でもまずはじめに独学。実際にあれこれ動いてみて、
問題点や疑問点がはっきり認識できた時点で、しかるべき人について勉強する。
これが私の学びのスタイルです。
新しいことを学ぶなら、まっさらな状態で、
スタートからしっかり教わる方がいいという人が一般的には多いかもしれないけれど、
それだと基礎は学べるけど、その中には、結局使わないもの、いらないものもあって、
それを聞いてるのが苦痛なんだと思います、私は。
一旦すべてを入れて後からいらないものを捨てるという作業より、
最初から欲しいものだけ取っていく方法が一番ピタッとくるし、吸収も速い。
学びたい焦点がはっきりしているので、楽しく勉強できるのです。

皆さんも何かを勉強する時は、
自分のスタイルをしっかり持った方がいいと思います。
人と同じじゃなくていいから。
一番やり易い方法で、一番学びたいことを勉強してください。


さて、このエッセイに、
「天使はどこにいる?」というタイトルをつけたのですが、、、、

天使はどこにいるのでしょう?

あれ?今日の一行目に戻ったzo☆ (≧∇≦)
疑問が同じなら答えも同じ。

「どこにもでもいるような気がします。 たとえ見えなくても」が私の答え。

どこにでもいるなら、
この世で天使と巡り会う人と会えない人がいるのはどうして?
という疑問もわいてくると思いますが、
私の周りを見渡すと、自分を大切にしていない人は、あまり幸せそうではなくて、
そういう人には天使の声は聴こえないようです。
聴こえないから幸せへの道を見つけられないということもあるのかもしれません。
(天使かどうかの問題は置いといたとしても)
内なる声に従う人は、その人にとって正しい道を進んでいるように見えます。
内なる声とは、直感とか第六感とか言われるようなもの。
なんとなく気になることとか、なんとなく感じることを無視しない、
自分の感覚にきちんと注意を向ける、
それが自分を信じる、自分を大切にするということです。

たとえば、
今日は会社に行きたくない。具合が悪い。→じゃあ休むか! って簡単にすぐできますか?
たぶんできないですよね?
会社に迷惑がかかる、こんなことくらいで休んで、と周りに言われるのが困る、etc...
その結果、無理してでも行く。。。。こんな経験ありませんか?
これは、自分の内側と外側の世界を天秤にかけた結果、外側を優先している考え方です。
おそらくこういう人に天使の声は届きません。
大人になって働くようになったら、社会的責任があるということは、私にも理解できます。
ただ、その責任をあなたが果たすべき場所は、その会社の中だけにしかないのでしょうか?
自分の魂が活躍できる場所がその会社だとしたら、
はたして「行きたくない」なんていう感情は生まれるでしょうか?
会社へ行きたくないという思いは、
そこじゃないよ、と教えてくれている天使からのサインだとは考えられないでしょうか?
忙しすぎる毎日、雑音でいっぱいの心では、天使の声は聴こえません。
「休みたい」という思いの源はどこなのか? じっくり向き合う時間を取ってください。
会社へ行きたくないという苦痛の感情は「移動せよ」という聖なる合図かもしれません。

天使は、
私たちの感情を通して現れることがあるのです。


天使はどこにいる?



そこにいます、いつでも。

ここにいます、どんなときでも。



これは一般社会人という立場からすれば隠すべき恥ずかしいエピソードですが、
私は平気でズル休みをするOLでした。
土曜、日曜は思い切り遊んでしまうので、月曜はだいたい休みました。
たまに行くと「あれっ?今日は月曜だけど?」と上司に驚かれるほど。
また、雨の日もだいたい休みました。
傘をさして歩くのが面倒臭かったのと、濡れるのが嫌だったからです。
こんなことが会社を休む理由になるでしょうか?なりませんね!それでも、
1年分の有給は、GWの頃には全部使ってしまうので、あとは本物のズル休み。
私は何の躊躇もなくそうしてきました。
当然こんなバカ人間は、会社生活を長く続けることはできません。
そのおかげで私は今こうして、
クリエィテブな世界でフォトグラファーとして仕事できているのだと思います。
私は自分の「好き」をとことん大切にしてきたけれど、それと同じくらい、
自分の中に生まれる「嫌い」という感覚も尊重してきました。
嫌だと感じているのに、周りの目を気にしながら無理に真面目に続けていたら、
私は今でもOLとして楽しくない人生を続けていたかもしれません。
自分が生きる世界をシフトすることに成功した鍵は、
自分軸で動くか、他人軸で動くか、もうその一点だけだと思います。
宇宙の法則を使って生きる時、人間界の道徳が全く機能しないということは、
よくあることです。(ここまで生きてきて、なんとなくわかってきました)


(我が家のチャミュエルくん。眠る時、眩しいのは嫌です。自由に気ままに生きるお手本)

たとえば、
事件を起こした人が、
「声が聴こえた」
みたいなことを話すのをニュースで見たことあるけれど、
ああいう人が聴いてる声と、自分が聴いてる声は、
どこが違うのかな?

私は、当時(たぶん2005年頃?)のエッセイにも書いたと思うんだけど、
最初に声が聴こえ始めた時にはちょっと悩みました。
それで病院へ行くべきかどうかを友達や親に相談したら、
「その声を聞いてどんな気分になるか?」と尋ねられて、
明るく、前向きな、希望に溢れた、やる気満々な気持ちになる、
と答えたら、
「じゃあ問題ないでしょ?
 病気っていうものは、本人が苦しいはず。苦しくないなら、
 どんなに変わったことでも病気って思わなくていい」と言われて、
まあ、そうだなー、と思ったのでした。
誰に迷惑かけるわけでもないしね。

どうも事件を起こすような人に聴こえている声は、
怖い、またはマイナスな言葉を使って、暗いムード。
私に聴こえてくる声は、
プラスの言葉を使って、清らかで明るいムード。

私の中でも、
自分で何かを思いつめた時に浮かんでくる言葉と、
自然に聴こえてくる声の違いは、すぐにわかるのです。
なぜなら、
自分の思い込みから聴こえてくる声は、マイナスの言葉であることも多い。
ダメだな〜とか。 いやだな〜とか。
でも天使の声は違う。
現状からどちらの方へ動いたらいいのか、具体的にアドバイスしてくれる。
その通りに動くと少し先に良い(あるいは望む)結果が待っているのです。
自分ではとても思いつかないような方法で物事が展開していくので、
私は天使の働きを信頼しています。

聴こえる人と、聴こえない人の差はなんですか?
という質問をよく受けますが、
頭がどれだけ邪魔してるか?ということかなあと感じます。
昨日のエッセイにも「声を聴くためには心を使うこと」と書きましたが。

信じる、信じないを先に決めないで、
心をオープンにして「まあ世の中そんなこともあるのかもねー」くらいに、
力抜けてるといきなり聴こえてくるかもしれないですyo☆

私は、天使の声を「聖なるガイダンス」と呼んでいるけれど、
ガイダンスが聴こえたら、すぐ実生活にフィードバックすると決めています。
もし「〇〇」しなさい」と聴こえたら、間髪入れずに実行すること。
そうすると結果が出るから。たいていは、とても素晴らしい結果が。
そういうことから「信じる」という気持ちがどんどん強くなる。

何度も何度もいろんな場面で繰り返し伝えているけれど、
宇宙は広いんです。
わからないことがあって当たり前でしょう?と思うのです。
そのことを、本当に、心から忘れないでいるならば、
仕方ないことや、わからないことを正しく諦めることができるはず。

世の中には、
仕方ないことを「仕方ないね」と笑える人が少ないと思う。
だから苦しそうな人がいっぱいいる。
どうにもならないことは、
明るいため息の中で「仕方ないね」と笑い合えたら、
もっと世界は優しくなるかもしれない。

そして、天使の声を聴きながら生きる人が、
たくさん増えたらいいなあと思っています。
ドリーン博士の活躍で、徐々に実現されているようだけど、
まだまだ、これから、という気がします。

私の仕事は撮ることだから、
写真の世界を通じて、
天使からのガイダンスを伝えていきたいなあと思っています。
(具体的にこれからどんなことができるか、ただいま模索ちゅう)



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昨日のエッセイで、
天使の声が初めて聴こえた時のことを書いたけど。
左耳からって、
「そういうふうに感じた」ことをね。
言葉だけで正確にすべてを説明するのはなかなか難しい。

ドリーン博士の本には「内側から響く感じで」とか書いてあって、
まあ、そういう感じの時もあるけれど、
まるで隣に誰かいるように聴こえる時もあります。
そういう時は、
実際に一緒に居る人に「今、何か聴こえた?」と確かめてみたりするけど、
ううん、聴こえないよ?
と言われるので、やっぱり私だけに聴こえてるんだなあと思います。
いつか「うん、聴こえたよ」と平気で言う人に巡り会いたいです。ふふ。^^

こういうことに関して、たとえば、
「大天使ミカエルの声が聴こえてたジャンヌダルクは精神疾患の患者だった」
とコメントする学者さんもいるいるらしいのですが、
もし私が病気だったとしても仕方ない。
それでも今、とても困ることも怖いことも何もなく、
むしろ自分の人生は楽しいから、私はこのままで問題ないです。

それで、仮に、
私に聴こえているのが「天使の声」だとして。
その声はとても小さいのでした。
静かな場所、時間の中でしか聴こえない。
でもそれは、
雑踏の中では聴こえないとか、そういうことではなくて、
自分の心が静かであること、という意味です。
心が静かって、つまり落ち着いてるってこと。
心がざわついてる時、、、、たとえば、
焦ってる、怒ってる、極端に怖がってる、落ち込んでる、
または舞い上がってはしゃぎすぎてる。
そんな時は聴こえてきません。
あと、
ものすごい疑い深い人が近くに居ても、なぜか聴こえなくなる。
大きな失敗をして、深く落ち込んでいる時もあまりよく聴こえない。
反省しているつもりが、実は自分を責めてたり。そういう時は聴こえない。
内省することと、深すぎる後悔は違うから。

ひとりで静かに瞑想でもしている時が一番聴きやすいです。

天使の声は、どうやら心で聴くものらしい。
どこから聴こえてくるように感じても、
聴くために使うのは心の力だなと思います。
でも、力みすぎてはいけない。
力みすぎているのは心が割れている証拠。
割れた心のままでは望みを叶えることも、
聖なる声を聴くこともできません。

天使は、
私たちに心を静める姿勢を持たせるために、
わざと小さな声で話すのかもしれない。

小さな声の人が「あの、、、」って何か発言しようとしたら、
「ちょっとみんな黙って!」と、
その場にいる人たちが協力しあって、一瞬、シンとなるような。
たとえばそんなこと。

問題に対して騒いでいる私たちの心の状態を止めるために
的確な音量で語りかけてくるというか。

だから「どうしても天使の声が聴いてみたい」という人は、
まず心を静かにすることから訓練するといいと思います。

昔の私はかなり怒りっぽく、
瞬間湯沸かし器のごとく一気に感情が爆発するタイプでしたが、
天使の声に耳を傾けることを習慣にしてからは、
そういえば、あまり怒らなくなりました。

今もし聴こえなくなることがあるとしたら、
何か不安を抱えている時。何かを恐れている時。
そういう時は聴こえなくなります。
聴こえなくなることで、自分の心が乱れていることがわかるので、
そんな時は天使の声がどうとかいうよりもまず、
自分の心の中心に戻ることに集中します。

落ち着いてくればまた、自然と聴こえてくるようになるので。

なぜそうなのかは、わからないけれど、
そういうふうにできているみたいです。


★本日のおまけ写真★
出産直後に、先日のまほうshopでお買い物してくれたママさんから、
素敵なお写真が届きました!
わーん!ベビちゃんの隣に、私が創った魔女さんがいるぅ☆
以前お買いあげいただいたものですね。。。。
出産の時に、病院に持って行ってくれてたんですね。。。
感動で胸いっぱい。涙こぼれる。 ありがとうございます。
こんなふうに、こんなふうに、
私の創る世界を大切にしてくれてる人がいること。
ほんとうに、ほんとうに、心から感謝いたします。
そして、ベビちゃん! 人生へようこそ!

私が天使という存在を理解できたきっかけは、
ドリーン・バーチュー博士の本を読んだこと。

本の力は偉大です。

たった一瞬で、
一個の人生をすっかり変えてしまうこともあるのだから。

天使も魔法も何も信じてないし興味もなかった頃のことです。
ドリーン博士の本はいろんな書店で見かけていました。
いつもなんとなく気になって、手に取り、
ぱらぱらページをめくってみるけれど、結局は書棚に戻し、、、
そんなことを何度か繰り返したのち、
ある日、とうとう買って読んでみる気になったのです。
そこは、札幌にある小さなヒーリングショップでした。
最初に買ったドリーン博士の本は旅先で、というのが、
これまたなんともいえないタイミング。
生まれて初めて買う天使の本は、
日常の中ではなく、
旅の途中という非日常の中でやってきました。
今にしてみると、
「これから全く新しい人生の扉が開きますよ」
という天使からのサインだったなあと感じます。

本に書いてあることは、
最初はわからないことだらけでした。
でも読んでいてとても面白かった。
だから、私はすぐに試したのです。
いろいろと、書いてある通りに。

そんなある日、
車を運転していた私は道に迷ってしまい、
とても急いでいる時だったので、困ったなあと心の底から思いました。
その時パッと思い出したのです。
確か、あの本になんでも探してくれる天使の話が書いてあったな、と。
なんでも探せるなら、正しい道を探し出すことも出来るだろう。
そこで私は記憶していたことをすぐに試しました。
ただ、話しかけたのです。
隣に誰か乗っているような感じで。実際に声に出して。
「私は今、道に迷って困ってる。高速のインターまでの道を教えて欲しい」と。
その途端、左耳から声が聴こえてきました。
「次の角を右へ」
私はびっくりしてしまい、
思わず助手席を見たり、バックミラーを確認したりしました。
でも誰もいません。
「次を左へ」「次の信号をまっすぐに」 声は続きます。

その通りに進んだ結果、

まもなくしてインターの入り口を発見した時の心の震えは、
感動なんていう言葉では足りないくらいの衝撃でした。

これが、私と天使との最初の出会いです。

これはもう「信じられますか?どうですか?」というレベルの問題じゃない。
実体験することは、とてもパワフルなことです。
だから、試してみること、動いてみることは、本当に大切だと私は思います。

それから、ドリーン博士の本をたくさん読みました。
すべていっぺんにではないけれど、
できること、やりたいこと、興味の湧いてくることから、
どんどん試していきました。
一発で出来ることもあり、何度かトライした後に突然出来ることもあり、
できない、わからない、と思い込んでいたことが、
実はもうとっくにやっていたことだったと知ったり、
楽しい発見をたくさんしました。

天使体験をしてからは、
旅へ出かける時にガイドブックを使わなくなりました。
知らない街でも、天使に尋ねれば道を教えてくれるからです。
行きの飛行機の中でガイドブックに「行きたい場所はここ」と印をつけたら、
あとは現地到着後「ここへ必ず行けますように」とお願いしながら行動すれば
天使が連れて行ってくれます。

鍵となるのは、信頼です。
目的地を決めたら、あとは「必ず行ける」と信じて進む。
天使という存在の本当の正体はわからなくても、
その時々で自分が実際に体験していることを信じる。
(私の場合、聴こえてくる声に疑いの気持ちを持たない)
そして、感謝する。(だっていろんなことがうまくいくのですから)

これは人生のすべてに応用できることだと思います。
だから、
天使と旅する方法は自分らしく生きる方法でもあるのです。

頭で考えすぎて、先に答えを求めようとすると、
うまくいかないことはたくさんあります。
完璧に計画しすぎると、
その通りにいかなかった時に受けるダメージは大きなものとなるでしょう。

天使と旅をすると、委ねるということを覚えます。
任せてしまった方がうまくいくことはたくさんあるのです。

人生という授業にもっと「冒険」というカリキュラムを取り入れましょう!

わからないことは、いっぱいあって当然です。
だってこんなにも宇宙は広いのだから。
すべてをわかろうとするなんて、、、、

おーきなおーきな宇宙の神秘をすべて理解するために、
私たちは何度生まれ変わればいいのでしょう?

それより、
たった一度のこの人生を楽しく生きて、
不思議もたくさん体験して、
感動しながら進んでゆきたいと思いませんか?

明日は、"天使の声" について、
さらに詳しくこのエッセイでお伝えしたいと思います。



この小さな本は、

2011年に私のホームページだけで販売した本です。
北ドイツを一人旅した時のことをまとめたもので、
天使と旅する具体的な方法が書いてあります。

現在は完売してしまい、再販の予定はまだないのですが、
持っている人たちは、
旅に行く時に鞄に入れたり、
ポロポロになるまで使い込んでくれてるみたいで、
とっても嬉しいです!
ありがとうございます。