写真家

夏野 苺

世界中の魔法使いや天使とともに作品を創る“魔法使いの弟子”
Photographer Ichigo Natsuno's Official Website

毎日のガイダンスをつぶやいています☆
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「呪文の唱え方」

母親が小さな子どもに向かって、
「ほら!危ないよ!落っこちるよ!」とか、
「そこに登ったら怪我するからね」とか言いながら注意しているのを見ると、
ああ、呪いをかけてる、、、、と思います。
これは無意識に行われていることではありますが、
言葉の魔法の威力に気づいてからというもの、
私自身は本当に気をつけるようになりました。

「戦争が起きませんように」とか、「受験に失敗しませんように」という、
祈る時につい否定形の言葉を使ってしまうのも注意を払いたいところです。
「世界が平和でありますように」とか「受験に合格しますように」でいいと思います。

皆さんが普段、自分で使っている言葉はどうでしょう?
否定形で言葉を発することが多いか。
肯定形で表現していることの方が多いか。
これは無意識の習慣だから、意識的に変えていくことは可能だと思います。
私も時々、つい否定形でモノを言ったりしてしまうことがありますが、
そういう時はすぐに言い直したり、プラスの言葉を付け加えたりします。

言葉は、単なる文字ではありません。
言葉は力を持っているのです。 すべての言葉は呪文だと私は思っています。
話すということは、日々、呪いをかけたりかけられたりするということです。

「呪い」という文字、「のろい」と読みますか?
これは「まじない」とも読みます。

そう、あの、おまじないです。

おまじないをかけるなら、光溢れる明るいおまじないをかけましょう!

言葉を、魔法の道具として考えるならば、
自ずとその使い方に注意を払うことになるでしょう。
言葉は、とても大切に慎重に扱うべき道具なのです。
強く明確な意志を持って使うよう心がけてゆくべきです。
そのためには、
自分で自分の言葉を聴く習慣を持つということ。
日頃どんな言葉を使っているか、
自分自身で認識するということが重要です。

そうすれば、
自分自身に対して、あるいは、周囲の人たちに向けて、
どんなおまじないをかけているのか、わかるようになります。

暗い呪いをかけ続けてゆく人の世界は暗いものとなり、
明るいおまじないをかける人の世界は明るいものとなってゆくでしょう。

自分自身が放つ魔法で、世界は創られてゆくのです。

だから、真実だけを口にすることは、とても大切なことです。
嘘をつくと、嘘の世界に生きることになってしまうからです。

もし、
どうしても真実を口にできない場面に遭遇してしまったら、
その時は静かに、ただ黙っていること。

沈黙にはチカラがあります。

偽りの言葉を発するよりも、
ずっと偉大なるパワーが秘められています。

焦って無理に言葉で解決しようとしなくても大丈夫。
ただ落ち着いて静かに待っているだけで、
時が、一番いい形で自然に問題を解いてくれるから。

これもまた、言葉の魔法の、
正しい使い方のひとつです。



お互いに素敵なおまじないを掛け合える言葉を使って話したいよne!
                  正しい呪文の唱え方を覚えよう!★

Sun 11th, Sep 2016

「魔法使いの弟子」

2011年に「毎日1分!朝のおまじない」という本を出版しました。
東日本大震災の直後です。
あともう少しで完成★という時に地震があって、
アトリエの中ではいろんなものが壊れてしまい、
世間では節電が呼びかけられていた時期だったので、
最後の原稿チェックはロウソクの灯りの中でやったことを思い出します。

当初の予定より、一ヶ月ほど遅れてしまいましたが、
いよいよ出版!という時に、
私の肩書きを「魔法使い」にするか、「魔法使いの弟子」にするか、
編集者と何時間も意見をぶつけ合いました。
結局、結果は引き分けムード。。。。

実際に出版された本、よーく見ると、
本の表紙には「魔法使いの弟子」、
プロフィール部分には「魔法使い」と書いてあります。

「誰が『弟子』が書いた本を読みたいって思うと思いますか?」
その時に担当編集者が私に言ったことは、まったくもっともなことです。
私もそう思います。。。。誰も「弟子」の意見なんか聞きたくないですね。^^
どうせ何かを教わるなら、師匠に教わりたいですよね。
でも、弟子は弟子でも、ちょっと特別な弟子なんです。魔法使いの弟子は。
というのは、
じゃあ師匠はいったい誰なんだい?という話になりますが、
師匠の「魔法使い」さんは、宇宙ですよ。 自然、ですよ!
だから私たちは、みーんな「魔法使いの弟子」、、、これが私の考えです。

宇宙の理、自然界の掟、そこから私たち人間は学ぶことができます。

動物から、植物から、空から、大地から、水から、火から、
風から、光から、精霊たちから。。。。

世界の秘密を教わりながら、私たちは生きてゆきます。

だから、
人間社会で疲れた時は、
自然の中へ出かけていくとパワーチャージできるのです。
声にならない声が心に話しかけてくるのを聴きに行けば、
たちまち元気になります。
そして、
ああ、このままで、ありのままでいいんだ、ということを、
思い出せるようになります。

いつも自然界から学んでいるんだということを忘れずにいれば、
私たちは常にギフトを受け取ることができます。

見える世界と見えない世界があることを認識することもできるようになります。

そうして、
見える世界を良くしていくために、
見えない世界の力を借りることができるようになってゆくのです。
(正しい魔法の使い方を覚えてゆくということ)

生まれてから徐々に大きく成長していく体のように、
私たちは、心も育ち続けていく生き物です。

精神面での成長は、
時に不安や痛みを伴うこともありますが、
自然のパワーを借りることで、
どんな困難も乗りこえていく力を身につけてゆくことができます。

自然界で、脱皮する生き物は、
脱皮に失敗すると死んでしまいます。

体は脱皮しないけれど、
私たち人間の心はどんどん脱皮していきます。

脱皮に失敗すると、死んでしまう

それが自然の法則というならば、
どんな変化も恐れずに進んでゆくべきです。

変化するというのは、
赤が青に変わるということではありません。

たとえるなら、赤は紅に、青は藍に、

持っているその色を、
もっともっと深めてゆくということです。

あなたはもっとあなたに、

私はもっと私になってゆくということです。

心の脱皮を繰り返しながら。

魔法使いの弟子として、
修行しながら。




地上には、本物の魔法使いも、いるにはいますが、
通常、彼らは自分のことを魔法使いだなんて言いません。
職業も、魔法を匂わせるようなものとはまったく異なり、
料理人だったり、畑仕事をしてる人だったり、
絵を描いたり、家族を守る専業主婦だったりするものです。
みんな黙って、正しく魔法を使っています。世界のために☆

Sat 10th, Sep 2016

「〜魔法〜 答えに続く道を歩く時間」


「あなた魔法使える人なの?
 そんなら魔法使えばいいじゃん?」

私がある相談をした時に、そう答えた人がいました。
その時、
この人に私が自分の心の中を見せることはもう二度とないだろう、
と思いました。
なぜなら、
この人は魔法の使い方を知らない人だと感じたからです。
魔法を使ったことがある人は、
こういうモノの言い方には決してなりません。
だからすぐにわかるのでした。

大切にしているものがあまりにも違いすぎる時、
人と人は分かり合えないことがあります。
同じ言葉を使っても、その意味は大きく違っていることがあります。
話が食い違うというのは、心がすれ違っている証拠。
信じていない人を無理に信じさせようとするのは無理なことだから、
信じていないんだなということがわかったら、ただ黙ることが賢明です。

「魔法」の定義はなんでしょう?
そもそも、定義なんてあるのでしょうか?
というか、
人間が定義できることでしょうか?

辞書やウィキペディアで調べてみると、

常人には不可能な手法や結果を実現する力のことである。

通常の人間には使うことのできない能力、
不思議な現象を起こす・または現象そのものの事。
伝説や神話の中でのこと。

人智の及ばない、超非科学的現象の総称。
みんな憧れて、一度は使えるよう努力するもの。

というような記述がみつかります。
「普通の人間には使えない」という認識が、まず基本にあるようですね。

でも、じゃあ「普通」ってなんだ?ということになっていきますが、
こうして、どんどんどんどん考えていっても、
まるで玉ねぎの皮を剥いてゆくように、結局最後は何も無くなってしまい、
「魔法」の正体を捕まえることはできないでしょう。

「頭の世界」だけで考え、
答えを導き出そうとするのはなかなか難しいと思います。
でも、
「心の世界」でなら、
魔法を感じることや知ることは可能になるでしょう。

「伝説や神話の世界」とありましたが、
確かに!この中に魔法は生きています。

言葉が、息をしています。

子どもの頃、あなたにもその呼吸の音は聴こえていたはずです。
だから私たちは、
大人になっても「ファンタジー」が好きなのです。

そこに「魔法」があることを、
無意識の領域で知っているからです。

魔術的に生きることは、野生的に生きることです。
野生のチカラは宇宙のパワーです。
そのチカラを正しく使う訓練をすることが、
魔法を使って生きるということです。

日常を非日常的に生きること、

まったく新しいものをみつけようとするのではなく、
見慣れた風景の中に新しいモノの見方を発見すること、

好奇心を忘れずに進むこと、

これが魔法を使って生きるということです。

けれど、
頭で考えた場合、
こういうことは「当たり前」のことになります。

「そんなら魔法使えばいいじゃん?」と言った人は、
「魔法なんて、第六感とか、直感のことでしょ?」とも言ってましたが、
その表現は全くの間違いというわけではないと思います。

たとえば、「違和感」について。
心の中に違和感を覚える時、それは野生のチカラが働いている印。
「この先行き止まり」あるいは「引き返せ」の合図をキャッチしている証拠です。
違和感は大切なサインだから、不快な気分を伴う場合でも安易に排除しないで、
一寸苦しくても、しっかり向き合うべきです。
私たちは、危険信号を知覚できるから安全な道へと戻ることができるのですから。

さて?
しかしながらこういうことを、
「魔法を使って生きる」ということに結びつけるような人はいるでしょうか?

ここに、
実際に魔法を使って生きる人と、使わずに生きる人の違いが表れます。


これまでに何度か、幾つかの場所で、
この話を書いているので知っている人も多いかもしれませんが、
私の大好きな逸話があるので、ここにシェアします。

ーーーーー
ある信仰心の厚い男が、海の上で嵐に遭い、
乗っている舟が転覆しそうになりました。
男は懸命に神に祈りました。必ず助かると信じて。
すると、向こうから一艘の舟がやってきました。
船員たちは男に言います。「さあ!こっちへお乗りなさい」
しかし男は断ります。「いいえ、大丈夫です。いま神さまが助けに来ますから」
舟が行ってしまった後、雨風が一層強まる中でさらに力を込めて男は祈ります。
彼は神様の力を信じているのです。
そこへ、先ほどより大きな舟がやってきました。
船員たちは男に声をかけます。
「さあ!こっちへお乗りなさい!そのままでは沈んでしまいますよ!」
ところがまたしても男は断ります。
「いいえ、もうすぐ神様が来るので大丈夫です!」
舟が消え去った後、荒れ狂った海の上で男はもっともっと力いっぱい祈ります。
祈りのパワーが足りないと思って。
そうすると、これまでで一番大きな船がやってきて、
「おーい!危ないぞー!こっちへ乗りなさ〜い!」
船員たちが男に向かって叫びました。
ますます酷くなる嵐の中で、男も叫び返しました。
「大丈夫です〜!神様がもう来るのでー!」

その時、大波がやってきて、
飲まれた男の舟はひっくり返り、

海へ投げ出された男は死んでしまいました。

天国で神様に会った男は、ものすごい剣幕で文句を言いました。

「神様!私は何度もあなたに向かって語りかけました!
あんなにも助けてと一生懸命祈ったのに、
なぜあなたは助けてくれなかったのか!」

神様は驚いて言いました。

「三度も助けの船をやったのに。。。。」
ーーーーー


たとえるなら、この男は、
魔法というものを知っていたかもしれないけれど、
魔法を使う生き方は知らなかったんだと思います。

「魔法を使えばいいじゃん」
と私に言ったあの人を見た時、
この男のようだな、と思いました。

この逸話の中には、
暗号が隠れています。

言葉と言葉の間に、
生きた魔法が呼吸しています。

頭で読むのではなく、心で読む時、
その息遣いが聴こえてくるはずです。。。。

聴こえてきたあなたは、
魔法使いとして生きてゆくことができる人です。


魔法を使って自分の人生を変えてゆくことが、

必ずできる人です。





Fri 9th, Sep 2016

「スパイラルダンス」


苺さん、こんばんは。
まほうshopの開店ありがとうございました。
早いもので個展からもうすぐ2ヶ月ですね。
今年の個展は私にとっては『再会』がテーマだったようです。
まず苺さん。
お会いするのは2回目にもかかわらず名前を覚えてくださっていて
ものすごく嬉しかったです。
それから、去年小屋で遭遇したいちらーさんと(注:いちらーさん=苺ファン)
今年も同じように遭遇してびっくりでした。
今年初めてお会いしたみかこさんとは、小屋を出てからの行動は別々だったのに
帰りの電車が同じだったので梅田までお話しながら帰るという・・・
これは何かあるなーと思っていると、
幼稚園〜小学校一年生あたりの自分の好きだったものやら考え方などを思い出し、
過去の自分と『再会』。今とは違ってものすごく単純な子だったようです。
そして、小屋からの帰り際に苺さんに言われた
「行きたい方向が決まっているならそっちに行って、
やりたいことがあるならそれをやってくださいね」という言葉。
漠然と方向だけ決めていたときだったのでこれまたびっくりでした。
失敗したら・・・などとあーだこーだ考えてしまっていましたが、
『単純に』そっちに行こうとしてみたら、
長いこと動けずにいたものがやっとこさ動き出しそうです。
今はまだ結果待ちの状態なのでどうなるかはわからないのですが、
難しく考えずにできることをやりながら待ってみようと思います。
あ、サンキャッチャーの画像も送りますね。
過去との再会のきっかけはこのキラキラだったんです。
ってことは苺さんがきっかけなのでやっぱり苺さんには感謝です。
今回お迎えできることになった写真作品も、
私に必要なメッセージが込められているようなので楽しみにしていますね。

先日のまほうshopでお買い物してくださった方から、
素敵なメールが届きました。
7月に大阪の箕面で開いた個展にもお越しいただき、
あの時はサンキャッチャーを買っていただきましたが、
お部屋に飾った写真も一緒に送ってくれました。ありがとう!
↓ ↓ ↓

あの個展、個人的には「再会」がテーマだったんですね。。。。

いただいたメールの中で、子どもだった頃の自分のことを、

「今とは違ってものすごく単純な子だった」と表現されていますが、

もしその記憶が確かなら、きっと今でも単純、、、つまりシンプルなのだと思います。



『単純に』そっちに行こうとしてみたら、

 長いこと動けずにいたものがやっとこさ動き出しそうです。

 
今はまだ結果待ちの状態なのでどうなるかはわからないのですが、
 
難しく考えずにできることをやりながら待ってみようと思います★

よかったですne!
自分の真ん中にあるものを思い出したから、
次に取るべき行動が見えてきたのではないでしょうか?

子どもの頃の単純さを思い出したということは、
まだあなたの中にシンプルな部分があるという証拠です。
すっかり無くなってしまったものは、思い出すことができませんから。




私は常々、人生は、らせん状に上がっていくものと感じているのですが、
同じような場面に遭遇した時は、自分の高さを確認します。

自分の心が成長していれば、対処法も変化してるはず。

自分が変わっていくことで、反応や対応も違うものになっていくから。


たとえば、
昔は腹の立つことがあるとすぐに怒ってた、

でも今はひと呼吸置いてから発言できるようになった、とか。

以前はちょっとしたことですぐにくじけてたけど、

今は忍耐力がついて、粘る楽しさも覚えた、とか。


そういう自分の変化を確認するために、同じような出来事が何度も起こる場合があります。

勿論、同じ失敗を繰り返すのはそこに克服するべき何かがあるからということもあるけど。

私たちは人生を旅するように進んでゆきますが、

大切なのは、移動距離(生きた時間)ではなく、高さ(何を体験し何を得るか)です。
らせんを上り続ける人は、同じ出来事に遭遇しても、
物事の全体を以前より俯瞰して見ることが可能になります。

世界を隈なく、遠くまで、見渡すことができるようになり、
時に「人生の忘れもの」を発見することも。
やっぱりこれが必要だったと、取りに戻ることがあるかもしれません。
(メールをくれた方が、「単純」であることは自分にとって大切だと思い出したように)

すべては、天使からのギフトです。


日々、自分の手元に届けられる贈り物の包みを開けてゆきましょう!

さらに先へ進むために必要なものが、きっと入っていますyo☆


天使の背中にある翼は、
空を飛ぶためのものではありません。

物事を軽やかに処理できる能力を象徴しているものです。

翼の羽ばたきは、
柔らかに生きることを教えてくれます。
硬いものは、強いように見えて、

同じように硬いものと衝突するとすぐに割れてしまいますが、

たとえば柳の樹の枝はどうでしょう?

強い風が吹きつけてきても、

しなやかにかわすことができれば折れてしまうこともありません。


心が壊れなければ、肉体の寿命ギリギリまで人生を楽しむことができます。


天使をお手本にしながら、くるくると弧を描き、

軽やかにらせんを上ってゆきましょう!

もっともっと高い位置から、広く世界を眺めるために。




★まほうshop「un secret」は、
毎月、新月の晩にオープンして48時間で消えてしまうウェブショップです。
私が製作した、アミュレットや魔法道具、写真作品など販売しています。
ご来店ご希望の方は、郵便番号、住所、氏名、連絡先を明記の上、
info♪ichigo-natsuno.com(♪を@に変えて)までメールにてお申し込みください。
新月の晩に、私から直接ご連絡いたします★

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Thu 8th, Sep 2016

「天使の仕事」

昨日嬉しいことがありました!
去年、ジョン・キム先生主催のキムゼミにゲストでいらした
元ソニーの会長を務めた出井さんからいただいた本の中に、
「おお!」と感動する言葉をみつけました。
ちょうど昨日のエッセイに、

どんな分野でもまずはじめに独学。実際にあれこれ動いてみて、
問題点や疑問点がはっきり認識できた時点で、しかるべき人について勉強する。
これが私の学びのスタイルです。
新しいことを学ぶなら、まっさらな状態で、
スタートからしっかり教わる方がいいという人が一般的には多いかもしれないけれど、
それだと基礎は学べるけど、その中には、結局使わないもの、いらないものもあって、
それを聞いてるのが苦痛なんだと思います、私は。
一旦すべてを入れて後からいらないものを捨てるという作業より、
最初から欲しいものだけ取っていく方法が一番ピタッとくるし、吸収も速い。

と書いたばかりですが、昨夜、出井さんの本の中に、
これと同じような考え方の箇所をみつけて、びっくり嬉しかったのでした★

今まで自分独自の方法だとばかり思い込んでたけど、
世界を股にかけて大成功した人と、人生の学びに対して、
自分が同じような姿勢を持ってたなんて!
夜中にハッとして、
眠くなりかけていたのにすっかり目が覚めてしまいましたー。
心の中に一筋の希望の光が射してくるような感覚。。。。。

出井さんは、
先に会社に入社して、実際に働いてみてから、
自分に足りないものは何かを見極め、
それから休職して、留学して、帰国して、会社に貢献したい、、、、
という考えを入社試験の時に面接官に話したそうです。
そんなことを言ってる学生は出井さん一人だけで、
当時、ソニーにそんな制度もなかったけれど、
会社はそれをOKしたので、出井さんは入社して、実際に社員として働き、
その中で自分に足りない部分を認識し、
それから必要なものを身につけるため、
当初の希望通り入社一年後に自費でヨーロッパへ留学したそうです。
そして二年後に帰国し、再び会社で働き始めたという、、、、

普通は、勉強するために留学して、
そこで身につけたスキルを使って働くために仕事を探す、
という順番を辿る人が多いけれど、
(実際に本の中で、出井さんもこの方法を「アカデミック」と表現しています)
出井さんは全く真逆の考え方だったわけです。
まさに、私と同じやり方だ!
そんな人、いたんだ!と、
大興奮しましたー。(しかもカッコマンの憧れの出井さん!)

『なぜ留学をしてから就職をしなかったのか。
親からの自立もあったが、それだけではない。ここにも僕の考えがあった。
どれだけの知識や学力を持ったらソニーで働くことができるのかを、僕は知りたかったのだ。
学生時代、誰にも負けないくらい猛勉強してきたわけではない。
いくらカンパニーエコノミストになろうといっても、
そう簡単に社会では通用するものではないと認識していた。
そこで、まずは会社に入って周囲を見渡し、
「他の人たちと比較して、今の自分に足りないものは何か」を
リサーチした上で留学しようと考えたのだ。

大学を卒業してそのまま留学したとしても、それが果たして何の役に立ち、
どこの会社のどの部門で通用するのかもわからない。
アカデミックな道に進むのではなく、ビジネスで必要な知識を得るための留学であれば、
まずは会社に身を置き、「市場」をリサーチすることが大事だと考えたのだ。』
★「変わり続ける」(出井伸之著 ダイヤモンド社)p47~p48より引用 原文のまま★

私は自分の経歴が全くアカデミックではないということを、
時折コンプレックスに感じることがあったのですが、
もぉー吹っ飛んだ★(≧∇≦)★
なんだか妙な自信が湧いてきました〜。
この本、この先はどんなことが書いてあるんだろう!
読み進めるのが楽しみで仕方なくなりました。
だいたい、本のタイトルが私の生き方そのもの!
「変わり続ける」ですから。(≧∇≦)

読み終わったら本をいただいたお礼に、出井さんにお礼のお手紙を送ろう。
それか、おやつを持ってまた会いに行こう!

(キム先生&私&出井さん、私の宝物スリーショット★)

私は時々、この世界で起こることについて、
とても不思議だな〜と感じることがあります。
たとえば、この本のこともそう。
つい先日、キム先生と話していた時に、
アカデミックなことについての話題になりました。
キム先生は、私の経歴コンプレックスに対して、
「経歴以前に実績があるって、すごいことなんだよ」
と仰っていましたが。。。
そんなタイミングで、こういう本を読むなんて。。。
(本をいただいたのは一ヶ月くらい前なのに、読み始めたのは昨日から!)

私はこういうところにも天使の働きを感じます。
ジャストタイミングで、
自分に対する特別なメッセージを受け取っているような気がするから。
私たちは、たいてい「偶然」という言葉で片付けるけど、
それにしてもこういうことがあると「うまくできてるな〜」と感動してしまうのです。
やっぱり高い空の上では私たちを見ている存在があって、
壮大な「筋書き」があるんじゃないかなーと思ってしまう。
(私は「神様のシナリオ」と呼んでいます)

うまくいくことは、うまくいってることに意味がある。
うまくいかないことは、うまくいってないことに意味がある。
ということは、
何がどうなってもすべてはうまくいっているというわけで。
必要なものは必要な時に、ちゃんと届けられるようになっている。

こう考えると、ぱあーッと心が軽くなりませんか?

いつでも私たちのために天使が働いてくれてると信じることができれば、
(神様でも、仏様でも、妖精でも、宇宙でも、呼び方はなんでもいいです)
人生をもっと気楽に歩いていけそうな。

まあ、気楽になれない時もあるけれど、(そうよ、私だって)
それでもこの考え方が心のベースラインにあるのとないのとでは、
全く違います。

何があっても自分は必ずここへ戻ってくるんだという、
心の故郷というか、センターエリアというか、
そういう部分を自分で持っていると、
苦しい状況の中でも自分を信じて頑張って進んでゆけます。
「そうそう、それでいいんだよ、大丈夫だよ」という励ましのサインは、
形を変えて、繰り返し日常の中に表れるから。

時に天使はとても厳しい。
モタモタしてると崖から背中を蹴り飛ばすくらいのことをします。
私は、実際にされたと思っているので、
(気楽なバカOLから厳しいプロカメラマンの世界へ突き落とされた!)
天使に対しては、
「いつでも優しくゆっくり」みたいなイメージばかりを持っているわけではありません。
本物の愛って、ただ甘いだけではないんだろうと思うから、
日々の暮らしで「アイタタタタ」みたいなことがあっても、
泣きながらでも「ありがとうございます」と感謝できるようになってきました。
(特に最近)


どんなに ″ひどいこと″ があったとしても
結局それを、後から宝に変える力が自分にはあるのだ
だからどんなことも天使からの贈り物だと思おう

この、絶対的な信頼を、
私は「信仰」と呼んでいます。

特定の宗教に属さなくても、
信仰心を持って真摯に生きることはできる。

天使の仕事は素晴らしいと、思っているから。

Wed 7th, Sep 2016