写真家

夏野 苺

世界中の魔法使いや天使とともに作品を創る“魔法使いの弟子”
Photographer Ichigo Natsuno's Official Website

毎日のガイダンスをつぶやいています☆
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「暗闇に降りていく勇気」

『闇の役割』

かみさまは

私達に暗闇を教えるために
困難を与えるのではなくて

本当の光りの出口は どちらの方向か

ただそれを伝えるためだけに
時々人生を真っ暗にするのだ

暗闇では、
小さな光さえ明るく輝くから

ああ、あの方角か、と

たとえ出口が 遠くにあったとしても

それがよく見える



ーーーーー

私は、
2008年に自分で書いたこのエッセイが大好きで、
時々読み返してしまう。
ここに書いた「暗闇」とは、
たとえば気分が落ち込むようなことがあって、
絶望感を味わっているような時のことでもあるけれど、
静かに心の奥深くに降りてゆき、
自分自身と対話する時間のことでもある。
きっと誰にでも心の中に暗く静かな場所があるはず。
そこに降りてゆく勇気を持てる人は、
すべての答えを自分の中に見つけ出すことができるのだと思う。

真っ暗なところへひとりで降りてゆくのはちょっと怖いけど、
明るい場所ばかり求めて歩いていたのでは、
見えないこともあるから。

もっとお金があったら幸せになれるはずとか、
もっとあの人が優しかったらうまくいくはずなのにとか、
もっと、もっと、、、と、外側にチカラを求め続けていると、
お金があるうちは幸せだけど、
なくなったら幸せもまた消えてしまう。
あの人が優しいうちはうまくいくけど、
優しくなくなったらダメになってしまう。
結局いつも外側に支配されてしまうことの繰り返しになる。

環境の変化が幸せを運んで来るように見えることもあるけれど、
それは外側の変化によるものではなく、
内面に生まれる光のチカラが作用した場合のこと。

いちばん暗いあの場所で確かな光を見つけた瞬間に、
ようやく初めて私たちは、

「よし。これでいい。だいじょうぶだ」

そう心から決意することができるのだろうと思います。

Sun 21st, Aug 2016

「贈り物が届いたら」

いつの頃からだろう?
誰かに褒められた時はいつも、
嬉しい心で「ありがとう」と返せるようになったのは。
(写真の仕事をするようになってからかな?)

皆さんはいかがですか?

もし自分に自信がなかったら、
誰かからの褒め言葉ってせっかく頂いても
お世辞に聞こえちゃいますよne?

でも、
やっぱり「ありがとう」と受け取るのがいいと思います。
最初は(信じられないとか)小さな抵抗があったとしても、
まずは受け取ってみて。
素直に受け取ると、心の中で幸せの葉っぱが芽を出しますyo☆

自分から飛ばした「ありがとう」は、
まっすぐ飛んでいって、
受け取った相手のことも幸せにするから。

ふたりとも幸せっていいなあ!素敵じゃない?

贈り物が届いたら受け取りましょう!
お礼の気持ちを飛ばしながら。

今日はいくつ受け取れるかな?

今日はいくつ飛ばせるかしら?

毎日たくさん受けて飛ばし続けて、
心の中にひろ〜いお花畑を創りましょう。^^


★最近マイブームの和栗パフェ。
私は食べ物にもありがとうを飛ばすyo☆

美味しいものからはたくさんの幸せをもらうから!

Sun 21st, Aug 2016

「自分を超えながら」

どんなに願っても、
止まり続けることはできない。
変わるのは自然なこと。

その出会いに感謝するなら、
その別れにも感謝して。

あの答えが必要だった時は過ぎて、
違う答えを探し始めたら、
昨日出会った自分に、
今日別れを告げることもあるし、
明日また別の自分に会えるかも。

だけどそれは、
私が私でなくなるということじゃない。
赤が青になるということではなくて、
赤は真紅に、青は藍にというような。
あなたがもっとあなたになるということだから。

どんどん超えてゆこう。

昨日の自分を。

今日の自分を。

明日よりもっと遠くまで。

おしまいの日が来る、その時まで。

Sat 20th, Aug 2016

「照応の原則」

私は日常と自然現象を置き換えながら世界を眺めることがあります。
キバリオンに感銘を受けてから、
自分に起こる出来事の意味を探す時はよくこういう方法をとります。


たとえば、
いろんな問題をいっぺんに抱えて目が回りそうな人は、
天候に注目してみてください。
自分の日常と気象状況。
この二つを同じ印象で結びつけることはできますか?
もし天気も(ここ最近のように)目まぐるしく変わる日々が続いている、
嵐が来ている、というような状態なら安心してください。
どんなに次から次へと難問がやってきたとしても、
それは大きな流れにうまく乗っている証です。
落ち着きのない日常を過ごしているのは「合っている」のです。
間違ってなんかいません。
今がそういう時期なだけです。
そんな時に落ち着いた毎日を過ごそうと思っても無理なのです。
(だから不安定な天気が続いてるこの時期、もしドタバタしている人がいたら、
それは当たり前ですから!安心して諦めましょう)


逆に、穏やかな天気が続いているのに、
自分の毎日に激しさばかりが目立つような時は、
どこか落ち着いてじっくり見直すことが必要かもしれません。
日常と自然界の印象が、ずれているからです。
けれど、ずれていたとしても、
必ず軌道修正が必要かというと、そう言い切ることはできません。
外は台風(問題だらけの毎日)なのに自分の心は静かだというような時は、
日常の忙しさに振り回されない強い芯を、自分の中に発見できるでしょう。
それはそのままでいいのです。


たとえば、
会社を辞めようかどうしようか悩んでいるような時、
公園を散歩していたら蛇に出会った、
あるいは、蝶やカエルでもいいです。
本物ではなく、置物や絵や、誰かの会話に出てきたとしてもいいです。
これらはみんな脱皮や変態を繰り返しながら生きていく生物ですから、
それを目撃したということは、おそらく、
会社を辞めるべき時期は今なんだと思って間違い無いでしょう。


私は「サイン」という言葉をよく使いますが、
サインは、照応の原則を活用する時の必須アイテムです。
自分の毎日をよーく観察してください。
そうすると自分の内側(心、考え、思い、感覚)と連動しているかどうか、
わかってくるはずです。
両方の印象が合っているか。
片方の印象から、もう片方のステップアップ材料としてのサインを拾えるか。
片方から不必要な影響を受けすぎていないか。


世界のすべては、
お互いに例え合うことができるのです。


そういう意味で、
私は占星術という分野にも注目しながら生きています。
ただ盲目的に遊び感覚で信じているというよりは、
空で起きていること(星の配置や珍しい天体現象)を、
地に置き換えて(自分が生きている場所)、
眺めている感覚なのです。



昨夜、雲に隠れてしまう前に、満月を見ることができました。

その時、心の中でちらっと小さな閃光が走りました。

「だいじょうぶ」のサインです。



★本日のおまけ写真★

私はだいたい満月の晩はお天気に恵まれます。
写真を撮って作品に残すことも多いのですが、
これは箕面の個展でも好評だった「龍雲の満月」という作品。

Fri 19th, Aug 2016

「2016.8.18 満月の日の雷」

今朝は小さな神社の例大祭へ参加。
帰って来て、
午後から急にものすごい雷。
停電しました!
びっくり。
久しぶりに稲妻も!
びかっと光って。

でも、
もう晴れてきました。
どこかに虹が出たかも。


世界はどんどん移り変わって、
毎日いろんなことが起きるけど。

出会ったり、別れたり。

それでも最後はみんな死ぬんだよと思うと、
どんなことも小さく感じて気が楽になります。

必ずいつか消滅してしまうのだということを、
絶望的観測からではなく、
希望的観測から捉える時、
私の心はいつも軽くなるのです。

今夜はお月様、見えるかな?^^

みなさま、よい満月を!

Thu 18th, Aug 2016